iPhone/iPod touchゲームレビュー 特別版
IGF Mobile Awardsの受賞作からiPhoneゲームの魅力を考える(後編)
iPhone/iPod touchが旋風を巻き起こした今年の「Game Developers Coneference(GDC) 2009」。その背後にあるのはインディペンデント系ゲームの盛り上がりだ。GDC EXPO会場では毎年「Independent Games Festival Awards」(IGFアワード)の受賞作品を展示するブースがあり、開発者と直接交流できた。昨年からは「Independent Games Festival Mobile Awards」(IGFモバイルアワード)の受賞作も加わり、特に今年は例年にない盛り上がりを見せた。
恥ずかしながら筆者は今年のGDCでは体調を崩してしまったが、このエリアで日頃遊んでいるゲームの開発者と直接話ができたのは大きな体験で、彼らの発散するエネルギーを吸収できたのか、GDCが終わる頃にはすっかり体調が回復したほどだ。
【IGFモバイルアワード 受賞作クリエイター】 | ||
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「Fieldrunners」のクリエイター、Subatomic Studiosのセルゲイ・グースキィ氏とジェイミー・ゴッチ氏 | 「Galcon」のクリエイター、フィル・ハッセイ氏 | 「Zen Bound」のクリエイター、ジャニ・カフラマ氏、ゴースト・モンキー氏、ミッコ・モノセン氏 |
もっともこうしたiPhoneブームは、北米の大作ゲームビジネスがかげりを見せており、大手ゲームスタジオの閉鎖が続くなど、リストラが進んでいるという背景がある。そこから溢れた開発者が、こぞってiPhone/iPod touchに流れているのだ。そのためApp Storeにはゲームが集まりすぎ、成功する作品が一握りになっているという現状もある。
とはいえ非常に参入しやすく、開発費も安いApp Storeから、新しいイノベーションが生まれる予感を多くの開発者が感じているようだった。自分が成功できなくとも、そうした潮流に身を寄せていれば、次の新しい波が来たときにも、流れに乗りやすいというわけだ。
実際、「携帯性」、「ネットワーク性」、「新しい入力装置」という3つの特性を併せ持ち、参入障壁が低いiPhoneプラットフォームは、ゲームデザインの実験場としての存在感をますます高めている。前編でレビューした「Fieldrunners」に加えて、この後編でレビューする「Galcon」と「Zen Bound」も、そうしたiPhoneプラットフォームならではのゲームだ。
● Galcon【Inovation in Mobile Game Design】
ジャンル:リアルタイムストラテジー
発売元・開発元:Hassey Enterprises
価格:350円
*無料体験版「Galcon Lite」も配信中
■ 手のひらの宇宙戦争
指で惑星をスライドし、艦隊を派遣して、敵惑星をすべて占領していく |
公式サイトではランキングなどが確認でき、iPhone/iPod touchでも表示できる |
IGFモバイルアワードでゲームデザイン部門に輝いたゲームが「Galcon」だ。もともとPC向けのシェアウェア(19.95ドル)としてリリースされており、App Storeの初期に移植された。当初は「隠れた名作」扱いだったが、値下げと口コミで面白さが広まり、セールスランキングの上位に顔を出すようになった。
ゲームは宇宙戦争をモチーフにしたリアルタイムストラテジーだ。ゲームを始めると自分の惑星(緑)とCPU側の惑星(黄)、そして多数の中立惑星(灰)が表示される。ゲームの目的は中立惑星を占領しながら艦隊数を増やし、敵の惑星をすべて占領することだ。自勢力の惑星をタッチして目標の惑星にスライドさせると、艦隊が発進して占領に向かう。進行中の艦隊をタップして方向を変えることもできる。星系には数字が振られ、それぞれ駐留する艦隊数を示している。惑星の大きさは工業力を示し、占領すると駐留艦隊が少しずつ増えていく。戦闘は艦隊と惑星のみで発生し、艦隊同士が宇宙空間で接触しても戦闘は起こらない。
戦闘は派遣艦隊と駐留艦隊の数字の差し引きで決まり、勝った場合は残存艦隊がそのまま駐留軍になる。マルチタッチに対応し、複数の惑星から1度に艦隊を発進させて、1つの惑星に向かわせるなどもでき、慣れてくると複数の指で同時に別々の指示を出せるようになる。画面右下の数字をタッチして、1度に派遣する艦隊数を4段階で切り替えることもできる。
文字で説明すると面倒だが、画面を見ただけで誰もが直感的にプレイできるだろう(公式サイトにも「30秒で理解できる」と記されている)。1プレイは数分間、早ければ数十秒で終わり、ちょっとした隙間時間に遊ぶには最適。画面上を交錯する艦隊がとても綺麗で、まさに「手のひらの宇宙戦争」といった感じだ。
ゲームモードは当初、ベーシックな「Classic」のみだったが、v1.2で4人までのオンライン対戦ができる「Net Game」が追加され、現在では敵艦隊の動きが表示されない「Stealth」、制限時間内にすべての中立惑星を占領する「Vacuum」、大量の敵軍からラッシュ攻撃を受ける「Beast」、COM軍が2勢力登場し3つどもえの戦いになる「3-way」の全6モードがある。またそれぞれに「Cabin Boy」から「Grand Admiral」まで10種類の難易度があり、長く遊び込める。
中でも面白いのがオンライン対戦だ。「Galcon」では戦闘が数の勝負で決まり、戦えば必ず戦力が消耗するので、後から行動する方が有利になる。しかし、それでは自陣営の拡大ができない。勝つためには同盟や裏切りなどの駆け引きが必要だが、プレーヤー間でのコミュニケーション手段がないので、艦隊の動きで無言の会話をかわすことが重要だ。惑星の配置を瞬間的に把握して、敵軍の動きに目を光らせ、ここぞという時にラッシュ攻撃をかけることが勝利の鍵。1つの操作ミスが命取りになるが、数分間で決着がつくので、ずるずると遊びこんでしまう。対戦結果は公式サイトに送られ、戦績やランクを確認できる。最新版のv1.5からは2対2の協力対戦プレーも可能になった。勝利するにはプレーヤー間の無言の協力が不可欠で、また違った味わいがある。
【ある日の宇宙戦争(プレーヤーは赤色)】 | |||
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画面上で赤と黄が激しくバトルを展開 | 泥仕合の結果、赤と黄がポジションチェンジ。ピンクが拡大する | 拡大したピンクが黄を侵攻、一大勢力になる | 赤がピンクを攻撃、ピンクが左下から応援艦隊を派遣 |
その隙をついて青がピンクを奇襲。この阿吽の呼吸が醍醐味だ | 赤と青の挟撃を受けてピンク帝国が崩壊 | 2大勢力となった赤と青がガチンコ勝負 | 戦力を有効に活用した青が赤を追い詰め、勝者となった |
「Galcon」の魅力は、言うまでもなくリアルタイムストラテジーの本質を抽出し、iPhone/iPod touchにうまく合わせて再現した点だ。PC版に比べてマルチタッチでの操作に対応しただけでなく、マウスではなく指を使うことで、よりカジュアルで手軽に遊べるようになった。見た目はライトだが、短時間でサクサクとプレイでき、脳汁が連続して染み出るような濃い快感が味わえる。また公式サイトと連動したユーザーコミュニティ機能があるのもユニークで、今後のトレンドを先取りしている。あらゆる意味でゲームデザイン部門の受賞にふさわしいタイトルだと言える。
ただし、公式サイトのデザインがPC向けのみなのが残念だ。iPhone/iPod touch向けにデザインされたページがあれば、よりコミュニティ機能も生かせるだろう。これは今後のアップデートに期待したいところだ。
「Galcon」でオンライン対戦するには、公式サイトでアカウントを作成し、本体に設定する必要がある。少々わかりにくいので手順を紹介しよう。iPhone/iPod touchからでも設定できるが、PCのブラウザ上で行なった方が楽にできる。
● Zen Bound 【Audio Achivement / Best iPhone Game】
ジャンル:パズル
発売元:Chillingo
開発元:Secret Exit
価格:600円
*無料体験版「Zen Bound Lite」も配信中
■ ゲーム史上初の「縛りゲー」登場
彫像に縄を巻き付けていくゲーム |
環境音楽的なサウンドが秀逸でヘッドフォン推奨 |
「Galcon」とは逆に、ゆったりと自分のぺースで遊べるゲームが「Zen Bound」だ。こちらも元々はPCの「Zen Bondage」というフリーゲームだったが、iPhone/iPod touchに移植されて、一躍有名になった。Audio Achivementに加えてBest iPhone Game賞にも輝いたとおり、まさにiPhoneプラットフォームに最適の内容となっている。開発はフィンランドのSecret Exitだ。
ゲームの内容も斬新で、指で画面をスライドさせたり、本体を回しながら、木彫りの彫刻をロープで巻いていくという、おそらくゲーム史上初の「縛りゲー」だ。1本指でスライドすると彫刻が中心点で回転し、2本指でスライドすると平面回転をする。iPhone/iPod touchの本体を回転させると、光源と共にロープの向きが調節できる。
彫刻には2つの釘が刺さっており、片方からロープがぶら下がっている。彫刻にロープを巻き付けると、表面が色に染まっていく。一定以上の表面積を覆ったところで、もう片方の釘にロープを巻きつければステージクリアだ。ただしロープの長さには限りがあるので要注意。70%、85%、99%の3段階のクリア条件があり、それぞれクリア時に使ったロープの長さが記録される。
ゲームモードは木彫りの動物に巻き付けていく「Reflection」と、ブロックに巻き付けていく「Challenge」があり、ゲームが進むと伝統的な日常品に巻き付ける「Nostalgia」が選べるようになる。どのモードでもメニュー表現が美しく、木の幹を回しながら、枝にぶらさがった木の札をタッチして選択するという凝りようだ。1つのステージをクリアすると、達成度に応じて花が咲き、さらに先のステージに進めるようになる。グラフィックスは和風タッチの雅なテイストで、墨絵のような繊細さが感じられる。
【スクリーンショット】 | |||
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木の幹を回しながら、枝にぶら下がった木の札を選んでタッチ | 釘からぶら下がった縄を彫刻に巻き付けながら色を変えていく | クリア条件を達成すると、もう1方の釘が光るので、ロープを巻きつける | 99%以上を達成したので3つの花が咲き、さらに先のステージに進めるようになった |
本作のもう1つの特徴が優れたサウンドだ。起動時にヘッドフォン推奨のメッセージが表示されるとおり、本作はフィンランドの音楽家ゴースト・モンキー氏がサウンドを提供している(AmazonでサントラCDも発売されている)。グラフィックスが和風テイストなのに対して、こちらは西洋の環境音楽風で、両者が合わさって独特の世界観を醸し出している。会場で聞いたところ、ゲーム開発とサウンドは同時並行で進み、綿密なやり取りの末に作り上げられたという。
本作に登場する木の彫刻は写真からの取り込みで、チャイムやロープの音なども全て本物の音源からサンプリングされている。光の照り返しや影の生成もよくできており、非常に写実的で、物質の存在感をうまく出している。リアルであることに意味がある作品で、SIGGRAPH(シーグラフ)のエマージングテクノロジーのような、バーチャリリアリティ作品的な趣きも感じられる。ただし、細部にロープを巻き付けるのが難しく、操作性にもう少し改良すべき点があるようにも感じられる。どうすればもっと遊びやすくなるか、プレイして考えてみることで、新たなブレイクスルーが生まれるのではないだろうか。
本作のユニークなところは、パズルゲームでありながらゲーム的な枠がゆるく、解き方が多彩な点だ。縄の長さは比較的余裕があり、時間制限もなく、彫像が変色する範囲も広い。そのためラフにグルグル巻いても進められるし、きっちり、みっちり巻いてもよく、遊び手ごとに個性が出る。これがタイトルにもある「ZEN」のゆえんだろう。そして縄を巻き付けた木の彫像は美しく、いろいろな解き方を見てみたくなるほど。ただしクリア時の「作品」が保存できないのが惜しい。画面をキャプチャしてWEBに投稿できる機能が加われば、さらに盛り上がるだろう。
このように本作は、ゲーム内容がオリジナリティ溢れるだけでなく、フィンランドのクリエイターが作った和風テイストのゲームという点でも特徴的だ。開発者のジャニ・カフラマ氏らによると、フィンランドと日本はどちらも自然が豊かで、人々が簡素な美を求める傾向にあるなど、国民性に似た部分もあるのだという。フィンランドは携帯電話最大手のノキアを生み出した国であり、小さくて精巧な工業製品を生み出す点で、日本とメンタリティが似ているところがあるのかもしれない。また歴史的にロシアの影響下にあったことから、日露戦争に勝利したことで対日感情が良好な国柄でもある。そうしたフィンランドから和風テイストのゲームが生まれた点が、興味深く感じられる。
【彫像の数々】 | |||
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Reflectionモード | |||
Challengeモード |
以上のように、今年のIGFモバイルアワードで受賞した3作品は、どれもPC文化の影響を色濃く受けていた。PCの人気ジャンルからヒントを得たり、シェアウェア・フリーウェアとして公開されていたゲームの中から、iPhoneプラットフォームのインターフェイスに即したゲームが移植され、デバイスの特性を活かす形で改良、進化を遂げたというわけだ。オープンプラットフォームとしてのPC文化と、そのよさを尊重する形で設計されたApp Store、そしてiPhone/iPod touchのデバイスとしての長所が組み合わさったことで、爆発的なムーブメントになった。特にゲームデザインの分野で興味深い進化が起きている。いずれのゲームもニンテンドーDSなどで登場してもよさそうなものだが、これがApp Storeから発売された点が印象的だ。
一方で中堅デベロッパーにとっては、多数のデベロッパーが参入して無数のゲームが配信されたことや、それによって強い価格引き下げの波が起こったことで、App Storeは早くも利益を出しにくいプラットフォームになりつつある。しかし、これを打開する可能性があるのが6月に予定されているiPhone OS 3.0のバージョンアップだ。現在公開されている情報では、BluetoothによるP2P接続、アプリ内でのボイスチャット、アイテム課金や月額課金モデル、タッチ・傾き以外にも近接センサーなどを扱う新API、ドックコネクタやBluetooth接続による外部機器(ゲームコントローラなど)との通信機能など、さまざまな機能が盛り込まれる予定だ。これらを活かしたタイトルをいかに早く開発し、リリースできるかで、新しい変化が起きるだろう。いささか出遅れた感のある国内デベロッパーだが、これを機会により一層の奮起を期待したいところだ。
(2009年 5月 1日)