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なぜ、「Job Simulator」は2016年最高のVRゲームとなったのか?
開発者自身が振り返るゲームデザイン・開発・ビジネスの秘訣
2017年3月5日 21:58
GDC 2017に合わせて開催された「17th Annual Game Developers Choice Awards」では、開発者が選ぶ昨年最高のゲームとして「Overwatch」が選出された。それに並び、今年から新設されたBest VR/ARゲーム部門にてOwlchemy Labsの「Job Simulator: The 2050 Archives」が初代の部門賞を獲得している。
“VR元年”と言われた2016年は、有力なOculus Rift、HTC Vive、PS VRといった有力VRシステムのローンチに合わせ、多数のゲームメーカーができる限り最高の作品を送り出してきた。その中からChoice AwardsにノミネートされたVR/AR作品は本当に有力なタイトルばかりだ。「Rez Infinite」、「Superhot VR」、「Fantastic Contraption」、そして「ポケモンGO」。これらを押しのけて2016年最高のVRゲームと評価された「Job Simulator」は、VRゲーム黎明位を代表する作品として長く記憶されることになる。
それにしても、「Job Simulator」はなぜ、これほど高い評価を受けることができたのだろうか。Owlchemy Labsの開発者が行なった振り返りセッション「Job Simulator Postmortem: Design, Tech, and Business Lessons Learned」を元にしながら、その秘訣に迫ってみよう。
手を使ったインタラクションに作品のコンセプトを一極集中
「Job Simulator」は実際、2016年にリリースされた全てのVRゲームの中で特に大きな商業的成功をおさめたタイトルだ。まず昨年春にHTC Viveのローンチでバンドルソフトとなり、全てのViveオーナーがプレイすることになった。昨年10月にはPlayStation VRにもローンチタイトルとして登場し、PlayStation Storeでは2016年で最も売れたVRゲームに。さらに昨年12月にはOculus TouchローンチタイトルとしてRift版も登場。この主要VRプラットフォームの全てで、定番のVRゲームとして親しまれた。
公演を行なったOwlchemy LabsのAlex Schwartz氏によると、これまでの売上は300万ドルを超えており、しかもまだまだ衰える気配がないそうである。ちなみにYoutubeでの関連動画閲は2億5千万ビュー以上。まだVRシステムを所有していない大勢の人たちが、プレイする代わりに動画で楽しんでいるというわけ。
こういった商業的な成功ぶりと、グラフィックスやゲームのデザインを見るからにすごく低コストで効率よく開発されていそうな作品の雰囲気というのは、ゲーム開発者の非常に好むところのようである。
Owlchemy Labsは2010年に設立されると、「AaaaaAAaaaAAAaaAAAAaAAAAA!!! 」というふざけた名前の落下アクションゲームでSteam界隈では知る人ぞ知る存在に。2013年にOculus Rift DK1が発表されると早速、VRに丸移植した「AaaaaAAaaaAAAaaAAAAaCULUS!!! 」を発表。どうもこのあたりの活動がValveに気に入られたらしい。2014年にはValveのオフィスに出入りするようになり、SteamVRのプロトタイプを使ったVRゲームの開発を始めたという。
実際にVRハードウェアを受け取る前に考えていた極初期のプロトタイプは「ワリオランド(Warioware)」的なミニゲーム集だったというが、実際にSteamVRプロトタイプを手にしてみると、VRゲームの面白さは手を使ったインタラクションにあると確信。手を使った遊び、というところにコンセプトを絞り、サーカスパフォーマー、窓拭き、シェフ、バーテンダーといった感じで、物理オブジェクトを使ったミニゲームを複数種類作ってみたという。
そしていろいろ試しているうちに「これ全部仕事じゃん!」と気付き、企画書のタイトルを冗談のつもりで「Job Simulator」としたそうである。結局、これがそのまま製品名になった。
いろいろな「仕事」を楽しく遊べるようにするという方向性が定まると、SteamVRが発表されたGDC 2015では「キッチン」プロトタイプを披露。これが極めて大きな評価を受けた。ここで友人や家族が「VRはリスキーだからモバイルとかF2Pをやったほうがいいよ」と止めに入ったそうだが、GDCでのフィードバックで自身を得た彼らはVRと心中する覚悟で「Job Simulator」の製品化を決定する。
作品を支える、テーマへの親しみと尽きないユーモア
方向性が定まってからは、実はそこからが大変だったという。なにしろ、製品版に10程度の「仕事」を入れるつもりで始めたものの、最初に作った「キッチン」プロトタイプがあまりにもハマりすぎていて、それに匹敵するような面白いアイディアがなかなか出なかったのだ。「科学実験室の技術者」、「手品師」、「宇宙ステーションの修理工」といったプロトタイプを次々に作ってはみたものの、どれもなんだか「キッチン」ほど面白くない。
ここでキーワードとなったのは“親しみ”だ。キッチンが面白い理由は、キッチンという環境そのものや、そこにある調理器具や食器や食材がとても日常的な存在であること。何かをした時の原因・結果が直感的に期待できるので素直に遊べるし、その期待をうまく突くことでいろいろなユーモアも生まれる。その意味で、「トマトスープを作る」ことと、「正体不明の薬品を調合する」ことの間には決定的な開きがある。
こうした考えのもと、試行錯誤して8番目に作られたのが、デモとしては2番めに披露された「オフィス」だ。コンピューターや電話、コピー機、コンセント、コーヒーメーカー、ドーナッツ、などなど、日頃親しんでいるアイテムが目白押しの環境だ。
こういった環境をおもしろくするためには、こういった日常的なアイテムに人々が期待する機能・作用がある程度きちんと再現された上で、さらに期待の斜め上を行く必要がある。こうして、1杯のコーヒーを再現するのに850時間もの試行錯誤を行なったり、植木鉢にコーヒーを注いだら植物が育つ機能をつけたり、コピー機に頭を突っ込んだら脳みそがコピーされて出てくるなどなど、考えつく限りあらゆるネタを仕込みまくっていった。
こういった大量のネタ仕込みを可能したのは、小規模インディースタジオならではの小回りを最大限に活かす、開発スタイルだ。平たく言うと、開発チームの全員が、自分でネタを出し、3Dモデルを作り、実装してテストするという、ポリバレントな役割を果たした。“全員全役開発システム”とでもいうべきか。こうすることで1つのネタを作るのにいちいち企画者、アーティスト、プログラマーとバトンタッチせずに済むので、気楽だし速い。おかげでものすごい勢いでネタを詰め込むことができたという。
こうして「Job Simulator」を彩る4つの「ジョブ」ができあがり、HTC Viveのバンドルソフトとしてリリースを果たす。その数ヶ月後にはPlayStation VR版、そしてまたその数ヶ月後にはOculus Touch版と、数カ月おきに新プラットフォームにローンチするという嵐のような日々が続いた。
CEOのAlex Schwarzは、特にPS VRは大きなリスクだったと振り返る。というのも、基本的に2つのVRコントローラーを必要とする本作だが、必ずVRコントローラーが付属しているHTC Viveと違って、PS Moveはオプション装備である。ということは、ただでさえ小さいVR市場の一部(PlayStation VR)の中の、さらに一部(PS Moveユーザー)という小さな市場が対象になる。それでも結果的に、2016年のPS StoreにおけるVRゲームのトップセラーになったというのだから大したものだ。
とはいえ、このように人気作となったのは、彼らにとっては意外なことではなかったようだ。VRゲーム界ではしばしば、VRシステムのオーナーについてコアゲーマーであるとか、可処分所得の多い中年男性層であるといった推測をしてターゲッティングを行なうものだが、彼らはその逆をついた。
“VR元年”。物珍しさたっぷりのVRは、その所有者が遊ぶケースよりも、友人や家族に見せたり、パーティで遊んだり、プレイしている様子を動画で見るといった需要のほうが大きいはずだと確信。それに基づいて彼らは「Job Simulator」を明確に万人向けのゲームとしてデザインした。結果は大成功だ。
狙いすましての万人向けというターゲッティングは、今後のVRの普及に向けても良い効果をもたらしそうだ。VRに小難しいとかオタクっぽいといったイメージを持たれずにすむし、多くの人にとってVRを受け入れやすい環境を作ることにも繋がる。
さすがに最初からそこまで考えられていたとは思えないが、結果的に、VRというメディア全体の印象にとってもプラスがあるという点で、「Job Simulator」は実にゲーム開発者好みである。今回、本作がGDCチョイスアワード・VR/AR部門における初代受賞作になったことで、今後多くのVRゲーム開発者にとって素晴らしい模範となっていくことは間違いのないところだ。