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VRはリア充のもの?! コヤ所長、タミヤ室長が「VR ZONE」の全てを語る!
体験者の“VR共感力”を刺激する、VRアクティビティの秘密とは?
2016年8月26日 06:19
東京・お台場の“VR研究施設”「VR ZONE Project i Can」は、最先端VR技術のスゴさを、誰にでもわかりやすい形で楽しませてくれるアミューズメント施設だ。コンシューマーゲームとアーケードゲームの老舗であるバンダイナムコエンターテインメントの開発陣が投入してきた数々の“VRアクティビティ”は他にない質の高さを誇り、広く一般向けに届くVRエンターテインメントの可能性をひしひしと感じさせてくれる。
CEDEC 2016では、「『VR ZONE Project i Can』の知見、全部吐き出します!」と題するセッションが開催された。登壇したのはVR ZONEの立ち上げと運営に尽力してきた“コヤ所長”こと、バンダイナムコエンターテインメントAM事業部エグゼクティブプロデューサーの小山順一朗氏と、各コンテンツのディレクションを担当する“タミヤ室長”ことAM事業部企画開発1部プロデュース1課マネージャーの田宮幸春氏。
1990年代当時、ナムコの業務用筐体スペシャリストとして体感ゲームブームを盛り立て、2000年代にはドームスクリーン筐体を駆使した「機動戦士ガンダム 戦場の絆」などを立ち上げてきた小山氏にとって、VR ZONEは新たなチャレンジであると同時に、ある意味では原点回帰でもある。10年以上にわたってアーケードゲーム及びコンシューマーゲームで多くのコンテンツを立ち上げてきた田宮氏にとっては、特技だという手品のスキルを活かせる(?)フィールドだった、というこぼれ話も。
VR ZONE立ち上げの苦労話から、たくさんのVRアクティビティを実際に運営して得られた知見など、話題が幅広く展開されるセッションとなった。
18~30歳の“リア充層”を直撃せよ、として始まったVR ZONE
VR ZONEについて想像してみるとき、そこにはかなりの資金や人的資産の投入があるはずで、バンダイナムコエンターテインメントのような老舗がこれほど新しい(そしてリスキーな)分野に、いわば先駆者として積極的に挑戦していることを意外に思う考えもあるだろう。
その実現の根底には、まずもって小山氏の熱意がある。小山氏は1990年代、小山氏がいう“VRバブル”の時代に当時のナムコでVR開発本部で働き、「リッジレーサー」や「アルペンレーサー」といった体感筐体を活かしたコンテンツを手がけてきており、VRエンターテインメントの追求こそが原点であり、半生をかけて追求してきたものだ。その小山氏だからこそ、Oculus Riftに端を発する今回のVR時代の再到来に際し「VRエンタメで世の中を沸かせてみたい、可能性を追求してみたい」と考えたことはとても自然な流れと言える。
とはいえ、同じバンダイナムコエンターテインメントの鉄拳プロジェクトチーム原田勝弘氏のように、実際に人と予算を動かせるようになるまでには、かなりの苦労があったようだ。というのも、決裁権を持つ経営陣の多くがちょうど、1990年代のVRバブルを経験した“VR絶望世代”であって、主だった流れは様子見にあり、その説得が容易でなかったことが理由だ。
そういった面々を説得するためには、実際に消費者の反応を確かめるしかなかった、と小山氏。そこで大事になるのは、既に盛り上がっていた最先端好きの層ではなく、VRに関心がなく、VR未体験の人たちに、きちんと対価をもらえるような場所を作り出すことだったという。
そこで乗り越えるべきハードルとして設定したのが、「18~30代の男女、リア充グループ」をターゲットとし、「完全予約制」で、場所は平日に人が集まりにくい観光地、そして1人平均3,000円以上利用してもらう、というものだ。いわく、「このハードルを越えたら、さすがにVRエンタメって可能性を無視できないっしょ!」。
……といった企画が発進するために突破口となったのが、現在のVR ZONEでも1番人気のアクティビティとなっている「高所恐怖SHOW」だ。VR事業について慎重な空気が満ちるなか、これを説得したい相手に実際にやらせるのではなく、若い人にやらせた際のワーキャーという反応を動画にとって、それを見せることで会社を説得することに成功。企画書や映像を見せるのではなく、「人間の感情だったら信じられる、というのがわかりました」と小山氏。このアプローチはVR ZONEの一般向けプロモーション戦略としても活きてくることになる。
VR ZONE自体の卵といえる「高所恐怖SHOW」に加えて、当初用意された6つのアクティビティには「VR未体験のターゲットが挑戦してみたくなるもの」という共通のコンセプトがある。大人がやりたくてもできないという問題を抱えた体験を、実際のように体験できるもの、という考えが根底にあった。この部分こそ、VRそのものには関心のない不特定多数からの関心を惹くための、1番大事なコンテンツ設計の骨格と言えるだろう。
また小山氏によれば、、最初から有力IPを投入することも避けたという。それは、コンテンツへの反響が、VRの力によるものなのか、IPの力によるものなのかが不明になってしまうから、というはっきりとした理由がある。現在では「VR-ATシミュレーター 装甲騎兵ボトムズ バトリング野郎」や、「ガンダムVR ダイバ強襲」といった有名IPを使ったコンテンツも投入しているが、投入前と投入後で来客層に面白い変化が現われているのも、開設当初はIPに頼らないコンテンツ配置をしていたことの恩恵といえそうだ。
ゴール達成と有力IP投入による客層の変化
さて、既存IPに頼らないコンテンツ配置で4月にスタートしたVR ZONEの運営は、小山市と田宮氏の不安をよそに、順調に軌道に乗ったようである。毎日の予約が埋まり続けただけでなく、メインターゲットとした18~30歳の客層も合わせて50%を越えて計算通り。また1人あたり滞在時間90分、利用額3,000円前後という数値目標も達成しており、当初は不可能に思えたハードル設定が綺麗にクリアされたのだから、非常にすごいことだと言える。
そして7月15日には、「VR-ATシミュレーター 装甲騎兵ボトムズ バトリング野郎」を投入する。IP利用のコンテンツとして「ボトムズ」を選んだ理由は、まず小山氏が好きだからだそうだが、もちろんそれ以外にも理由はある。ロボットのコックピット体験として、ボトムズのサイズ感(パイロット視点が約3.5mの高さになる)がVR的に非常に有効だったことだ。同じコックピット視点でも、ガンダムのような18メートル級の大きさとなると、周囲の風景が小さくなりすぎ、迫力や怖さがなくなってしまうのだという。
いくつかの苦労点をクリアしつつ実際に「ボトムズ」のVRアクティビティを投入したところ、来場者の年齢層が大幅に変化。それまで1番多かった20代を超えるほどの勢いで40代の来場者が大幅に増えたのだという。完全に「ボトムズ」目的の客層だが、やってみてこんなにすごいのなら、他のアクティビティもすごいんだろうということで、けっこうまんべんなく色々なコンテンツをプレイしてくれたお客さんが多かったと、小山氏は振り返っている。
8月26日には、また新たな有力IP作品が投入される。30代の客層に直撃しそうな「ガンダムVR ダイバ強襲」だ。巨大すぎるロボットのコックピット体験は迫力がない、ということをさきほどお伝えしたが、そのことを反映して、VR ZONEのガンダム体験はこれまでとは全く違ったアプローチになっている。
体験者は等身大の人間で、フォトリアルに再現されたお台場に出現したガンダムの手に持ち上げられた状態で、ザクとの死闘を目撃するという体裁だ。専用筐体はぱっと見でなんだかわからない形だが、これはガンダムの手(手のひらと親指部分)を表現する駆動型筐体だ。体験者はその親指部分にしがみついた状態で、暴力的な振動と熱に晒される。目の付け所が面白いが、果たして本アクティビティ投入後にはまた来場者の客層がガラリと変わったりするのだろうか、興味深いところだ。
VR体験はリア充のほうが深く楽しめる?田宮氏流VRコンテンツ理論
というわけでこれまで様々なVRアクティビティを来場者に提供してきたVR ZONEでは、やはりVRコンテンツに関する新たな知見を得られることになったという。その点について解説したのが“タミヤ室長”こと、田宮幸春氏だ。
田宮氏によれば、各VRアクティビティへの反応には、非常に大きな個人差があったのだという。例えば、本能的な恐怖に訴え、多くの人が立ちすくんで動けなくなってしまう「高所恐怖SHOW」(筆者もそのひとりだ)でも、全く怖がらない人もいたというから驚きだ。
それは、田宮氏流にいうと「VR共感力」のちがいだという。VRコンテンツの再現度は高ければたかいほど真に迫るが、それを受け付ける体験者側のVR共感力は千差万別である。VR共感力を言い換えれば、VRコンテンツが提供するプレゼンス(存在感)を、実際のものとして受け取れるための経験的・精神的な下地、というふうになる。
その下地は、体験者が現実に経験・学習してきたものの影響を強く受ける。例えば、自衛隊の空挺部隊員や、建築現場等で高所作業を日頃行なっているような体験者は、「高所恐怖SHOW」で眼前に広がる奈落を認めた瞬間、ギブアップしてしまうのだという。高所の危険を日頃からよく体験し、落下時に起きうることをよく想像してきているからだ。VR共感力が著しく高い状態だと言える。
実際の高所体験がない体験者は、VR映像だけで高所環境を見せられても、それがピンとこない、という感じで、恐怖に直結しないことがある。日頃からVRに親しんでいるゲーム開発者等であれば、視覚と触覚の非同期に慣れているため、「これはVRで、目の前の風景はただの映像だ」と斜に構えてしまえば、なおさら、VRのプレゼンスが本能にまで染み込まない。VR共感力が低い状態だ。
VR共感力は、VRで再現されたシーンに対して実際に経験豊富であるか、妄想で経験豊富であるかによって高まり、VRへの慣れや分析心といった“理性”によって軽減される、と小山氏。とはいえ、VRに慣れた体験者でも、「楽しむ心、信じる心」を持てば、きちんとVR共感力を高められるというのが、筆者のようなVRファンにとっての救いだ。
VR共感力に訴えかけるには、体験者の経験や心理状態により強く迫れば良いということで、コンテンツ側でも工夫のしどころがある。田宮氏はまず、「現実や実物を用いたアクティビティはプレゼンスを高めやすい」というポイントを挙げる。日常的にありえる状況を扱うほど、体験者のVR共感力も高いことが期待できるというわけだ。
そこでひとつのキーファクターになるのが、物理法則の再現だ。重力に従った物体の動きは、誰もが経験的にに持っている感覚。たとえファンタジー世界のVRコンテンツであっても、そこでしっかりと物理法則に基づいた演出を見せることができれば、体験者のVR共感力を一気に高められるという理論だ。
このことは、20メートル級のロボットという非現実的なものを扱う「ガンダムVR ダイバ強襲」で強く意識されていて、120mmの大口径マシンガンが発する爆音や振動、飛び散る破片、火花といった物理的演出の徹底につながっている。その中で、振動や熱といった現象は、筐体や熱源装置といったメカニクスを通じて実際に体験者に感じられるようになっており、こういった複数の感覚刺激が、さらにこの世界を「信じられる」状態に被験者を導く。本アクティビティを体験する皆さんは、そのあたりに注目していちど見てみると面白いかもしれない。
また、VRゲームの開発ではよく「従来のノウハウが通用しない」と言われるが、田宮氏はその根本理由についても指摘している。従来のゲームが基本的に三人称・感情移入のメディアである一方、VRは一人称・体験のメディアであるというところだ。ゆえにVRコンテンツでは、ユーザーの主観的体験をいかに維持するかが大事なポイントとなる。
例えば、VR ZONEのホラーアクティビティ「脱出病棟Ω」では、体験者はバケモノに刃物を突き立てられる瞬間まで恐怖で慌てふためくはめになるが、その先、HPゲージが減るような表示を行なうと、慌てるのをやめて、一気に冷めてしまうという。HPゲージという従来のゲームの演出手法が、主観的体験を一気に三人称の次元に引き戻してしまうためだ。認識として、「ここにあるのは私の体ではなく、キャラクターの体」となるわけだ。
そういった、従来のゲームとVRの本質的な違いについて、田宮氏は“ゲームルール”の扱いにも触れている。Oculusの「ToyBox」デモでは何のルールもないのにひたすら遊べてゲームルールを考えるのがアホらしくなった、という例を引きつつ、ゲームルールの面白さと、体験の面白さとはどうやら違うものらしい、という見解を示す。であれば、VRコンテンツではまず面白い体験の発見が大事だ、というのが田宮氏の考えだ。
といった議論を踏まえ、田宮氏はVRコンテンツの企画設計について「大切なのは、その場にいたら、ホントに起こったらを豊かに想像することが大事。リアルな体験じゃないと得られない感動を、コンテンツの中心に据えてみてはどうでしょうか」、と話をまとめた。
「ガンダムVR ダイバ強襲」では、体験者はガンダムの搭乗者としてロボットを操縦するのではなく、その戦いに生身の状態で巻き込まれるという、従来のゲームであればその他大勢の立場になる。これまでのゲームとはアプローチが真逆と言っても良い。「アニメやゲームのシチュエーションは、そもそも、その場で体験するだけで凄いものなのです」という田宮氏の知見は、今後作られるであろう多くのVRコンテンツに、重要な方向性を指し示すものになりそうだ。