Game Developers Conference 2009現地レポート

6年かかった「Fable」の続編がわずか3年で完成した理由
「Fable II」の制作秘話「The World of Fable II」、「Producing Fable II」

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center


 世界的なゲームクリエイター ピーター・モリニュー氏率いる英Lionhead Studiosが開発した「Fable」シリーズは、Xboxフランチャイズを代表するアクションRPGである。Xbox向けにリリースされた第1弾タイトル「Fable」は全世界で300万本を売り上げ、2008年12月に発売された続編「Fable II」も300万本近い売り上げを記録し、発売元であるMicrosoftが誇るセカンドパーティータイトルとしての面目を保った。

 ただ、「Fable」は、ゲームファン泣かせのタイトルでもあった。開発が難航し、完成までに実に6年を要した。300万本という輝かしいセールスも、トータルでは大きな赤字を出したと言われる。その苦難の道のりについてはピーター・モリニュー氏自身が、GDC 2005において語っている。

 しかし、2005年のE3で発表されたXbox 360のキラータイトルとして再び登場した「Fable II」は、新規プラットフォーム向けに開発環境やゲームエンジンを一新しながら、驚くべき事に発表からわずか3年半で完成にこぎ着けているのだ。

 「LionheadとMicrosoftは『Fable II』においてどのようなマジックを使ったのか!?」というのが今年のGDCで期待されたトピックのひとつだったが、予想通り、期待に添うセッションが複数開催された。本稿では同作の世界構築の方法論を扱った「The World of Fable II」と、Microsoft側のプロデュースの手法が語られた「Producing Fable II」の2本のセッションの内容をまとめてお届けしよう。



■ アセットの無駄を40%から数%まで抑えた「Magic Box」

「Fable II」のビジュアルアーツを担当したLionhead StudiosのIan Lovette氏
MicrosoftのMark Smart氏
「Fable II」の全体のプロデュースを担当したMicrosoftのJonathan Taylor氏
圧倒的なクオリティのイメージCGを作成して、「Fable II」という旅をスタートさせる。目標はあくまで高くということのようだ

 ビジュアルアーツセッション「The World of Fable II」とプロダクションセッション「Producing Fable II」は、それぞれ異なるテーマを扱った内容だったが、実はその根っこにあるものは共通していた。それは「前作で犯した数々の失敗を繰り返さない」ということだ。

 「Fable II」では、次世代ゲーム機向けに提供されることが大前提となっていたため、これを機に「文字通りすべてを入れ替えた」(Taylor氏)という。具体的には、ゲームエンジン、アセット(建物や家具などのレベルの上に配置されるオブジェクト)、レベル(マップデザイン)、コード(ソースコードの書き方)、開発ツール(ミドルウェアを含む各種ツール)、開発パイプラインなどなど、ゲーム開発に関わるすべての要素が新しいものに刷新された。その上で、前作の反省からプリプロダクションをしっかりした上で制作に入ることにしたという。

 制作面で特に大胆な改良を加えた分野がアセットマネジメントだ。「Fable」では、レベルデザインとアセット作成が非同期状態で進められ、レベルデザイナーはどういうアセットをどのように配置するかを確定しないままレベルを作り始め、アセットデザイナーはどういうレベルでどのように使用されるかを把握しないままアセットを作り続けた。その結果、「せっかく時間をかけて作ったけど、レベルに合わないので使わない」というミスマッチが無数に発生し、作成された40%もの膨大なアセットが廃棄されたという。巨大プロジェクトの恐ろしさを垣間見るエピソードだが、「Fable II」でこの愚を繰り返すことを避けるために導入されたアプローチが「Magic(White) Box」だ。

 「Magic Box」は、プリプロダクションの段階で、「Fable」のエンジンを使ってアセットのモックアップを乗せた状態でレベルデザインを行なうというものだ。非常にユニークなアプローチで、これは2つの点で絶大な効果があったという。ひとつは、アセットを作成するデザイナーが、アセットを作る前段階から、そのアセットがレベルのどこに何のために作られるか把握でき、その結果、アセットの無駄がなくなったこと。Lovette氏によれば、「Fable」で発生した40%の無駄が、「Fable II」では数%にまで抑えることに成功したという。

 そしてもうひとつが、「Magic Box」のアプローチでレベルを作成することで、そのレベルに必要なアセットと、その数が事前に把握できるため、進行管理チームがアセットマネジメントのデータベースを事前に作成し、各スタッフのスケジュールを厳密に管理することができるようになったことだ。Lovette氏は「この結果我々は2度ゲームを作ることになったが、その価値は十分にあった」と自画自賛した。

 ちなみに、「Fable II」では膨大な数のアセットが必要となったため、制作の一部を中国の下請けにアウトソースしたという。その際に発生しがちな発注時のコミュニケーションエラーや見解の相違によるアウトプットの齟齬を避けるために、細かい仕様が書かれたブリーフを用意したという。「それなりにコストが掛かったが良い結果が出たと思う」(Taylor氏)。

 「Magic Box」的な試みは、アセットマネジメントに限らない。実質的にはプリプロダクションのあらゆる場面で適用されている。具体例として紹介されたのは、レベルのライティング。「Fable II」では昼夜の概念が導入されており、リアルタイムで変化していく。昼は太陽光がフィールドを照らし、夜はカンテラの明かりと月光の淡い光がファンタジーゲームらしい幻想的な雰囲気を醸成してくれる。「Fable」シリーズではかなり重要な演出だ。

 しかし、それがどういう状況なのかは口で説明されてもなかなか伝わらない。そこで「Fable II」ではプリプロダクションの段階で、用意されたレベルに対して、空の状況やライティングの当たり具合まで含めた完成型を絵で用意することで対処したという。これにより作る前から最終形を確認することができ、土壇場での作り直しを避けることができたようだ。


【The Magic Box】
「Fable」のエンジンでレベルを作成し、その上に紺色の建物を置いていく。この「Magic Box」の情報と、アーティストから提示されるコンセプトアートの指定に基づいて実際にアセットを作っていく。完成型を見る限り、必ずしもそのままとはいっていないようだが、大きな効果があったことは確実だろう

【環境表現】
アセットがあまり必要なく、環境表現が重要な屋外フィールドでは、ペイントによる完成型のイメージをプリプロダクションの段階で作成する。「Fable」エンジンでは表現しきれない部分をアーティストに伝えるための一手間だ



■ WBSで厳格に管理された「Fable II」プロジェクト

Microsoft側が定めた「Fable II」のゴール。さらっと箇条書きされているが、かなりぶっ飛んだ要求が書かれている
場内に笑いを提供したプリプロダクションの一例。アクションシーンの動きをアーティストに伝えるために、スタッフのNeil氏がサンドバッグ状態にされている映像。かなりメッタメタにやられている

 次に「Fable II」の開発計画について見ていきたい。「Fable II」では、4つの制作フェイズにわけ、それぞれ3年半という開発期間から逆算して、それぞれのフェイズの期間を定め、それを厳格に守っていくという手法を採用していた。

 1つ目は、先ほど詳しく紹介したプリプロダクションの段階。事前に誰が、何を、なぜ、どのように、いつビルドしていくかを徹底的に洗い出し、Work Breakdown Structure(WBS)と呼ばれるプロジェクトマネジメントの手法に従って、「Fable II」プロジェクトの全体の作業工程を体系的に管理していった。

 実際のプロダクションのフェイズでは、スタッフ全員に対して6週間ごとのマイルストーンを設定し、その都度軌道修正を図っていったという。各リストには個別に開発期間が設定されており、1日、0.5日、0.2日などと記入されている。驚くほどの超管理プロジェクトといえる。

 3つ目のフェイズはPolish(磨きを掛ける)。デバッグに向けたゲーム全体の枠組みを整えるフェイズで、モリニュー氏のプレイスルーもこの段階で行なわれる。内容的にはメジャーバグを潰し、ゲームプレイやバランス、カットシーン、サウンドエフェクトなどをリファインしていく。これに3カ月かけたという。

 4つ目のフェイズがデバッグである。「Fable II」ではこのフェイズに約半年を割き、累計で65,000個のバグを潰したという。ピーク時で6,200のバグがあり、1日に500、1週間で2,500のバグをフィックスしていったという。

 2つのセッション共に結論が共通していたのがおもしろかった。Taylor氏は「重要なのはチームがハッピーな状態に保つことだ」として、マイルストーンごとにお祝いを行なったほか、良質な食事を提供し、忙しくても一定期間ごとに休暇を与えるなどワークライフバランスにも気を遣ったという。

 Smart氏はセッションの最後で「我々はハッピーエンディングを迎えられたのか?」と自問自答し、「我々は開発の問題に立ち向かうことができ、もう少しで300万本に届くという結果に満足している。ハッピーエンドだったと言えるのではないか」と結んだ。

 ダメな開発体制の見本のような状態だった「Fable」だが、その続編「Fable II」では前作の反省を活かし、キッチリ優等生となって帰ってきた。その変貌ぶりは、「まさに目覚ましい」のひとことである。開発体制の刷新の説明の中でLovette氏が「Fable III」と発言したことを聞き逃さなかったが、果たして次回作がどのようなものになるのか数年先が楽しみだ。

【Work Breakdown Structure】
セッションでは本来門外不出のスケジュールリストが紹介された。よく見るとわかるが、時系列で全スタッフのスケジュールがギッチリ管理されている

【バグとの戦い】
デバッグはたっぷり半年かけて行なわれた。潰したバグの総数は65,000個にも及ぶ

【ハッピーエンドか?】
2005年のピーター・モリニュー氏のセッションでは、反省の弁が目立ったが、今回はハッキリと結果に満足しているとコメントされた。「Fable III」ではどのような手法が採られ、どのようなRPGとなるのか、今から注目したい


(2009年 3月 30日)

[Reported by 中村聖司]