Game Developers Conference 2009現地レポート

EA DICEのスタッフによる「Mirror's Edge」開発秘話
専門チームが手間暇かけて実現した「1人称の動き表現」

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 2008年末、Electoronic ArtsよりリリースされたPC/PS3/Xbox 360用のアクションアドベンチャー「Mirror's Edge」は、「Prince of Persia」ばりの複雑なアクションを1人称視点で見事に表現し、これまでにない臨場感、キャラクターとの一体感を実現した作品だ。

 本稿でご紹介するセッション“Creating First Person Movement for MIRROR'S EDGE”では、開発を担当したEA DICEのリードプログラマー、リードアニメーターが登壇し、本作の主人公「Faith」に投じた様々な試みを語った。1人称視点に新たな表現ノウハウを確立するうえでどのような開発努力が行なわれたのか、ご紹介したい。



■ “動き”の開発だけを担当した少数精鋭チーム

EA DICEで「Mirror's Edge」のリードプログラマーを務めたJonas Aberg氏

 本講演を行なったのは、「Mirror's Edge」の開発元であるEA DICEのリードプログラマーJonas Aberg氏と、リードアニメーターのTobias Dahl氏。新しい動き表現を確立するうえで中心的な役割を果たした技術者とアーティストだ。

 はじめに、「Mirror's Edge」のゲーム性について簡単にまとめておこう。この作品では、1人称視点を採用しつつ、壁面を走る、ぶら下がる、段差を乗り越えるといった、「パルクール」と呼ばれる移動術の動きを再現している。

 この作品をプレイして感じるのは、これまでのFPS系タイトルにはありえなかったほどの、キャラクターとの一体感だ。レースゲームをコックピット視点でプレイするような、圧倒的な臨場感がある。


「Mirror's Edge」のゲームコンセプト。地形を利用した複雑な動きを表現する
 だが、それは簡単に実現されたものではない。問題は、キャラクターが周囲の環境と複雑なインタラクションをするのに、カメラは1人称なので、キャラクターの動きを客観的に見せることができないということだ。

 このため、従来のようなカメラワークの手法では、キャラクターの運動がプレーヤーにうまく伝わらないので不十分だ。開発チームはすぐその問題に気づき、そこから一歩踏み込んでキャラクターとの一体感、臨場感を追及することになった。Aberg氏はこれを「1人称視点を再定義する」仕事だったと表現している。

 このような、「1人称視点から1人称体験へ」というテーマに取り組むため、EA DICEでは、開発チームの中にゲームデザイナー、エンジニア、アニメーターからなる5~6人の“Movement Team”、すなわち、動きを開発するための専門部隊を置いた。

 この精鋭チームは、主人公「Faith」の3Dモデル、アニメーション、アクション、カメラ制御といった、キャラクターの動き表現だけを担当する。ある1要素を開発する際は、すくなくともデザイナー1名、アニメーター1名、エンジニア1名が共同して取り組むというのがこのチームのルールだ。

 また、前例のないものを作る以上、トライアンドエラーの繰り返しになることはわかりきっていたので、“スクラム”と呼ばれる、小チーム向けのアジャイル開発手法を実践。毎日のようにミーティングを行ない、おおむね2週間で2、3種類の動きを開発・テスト・修正するというイテレーションサイクルを繰り返した。

「Mirror's Edge」のプレイ画面。完全に1人称視点だが、カメラの動きや、わずかに見えるキャラクターのボディパーツの動きなどにより、キャラクターのアクションがダイレクトにプレーヤーに伝わるようになっている。「1人称視点」から「1人称体験」への脱皮を果たした表現技法だ

主人公「Faith」が置かれた状況、世界の見え方を、どのようにプレーヤーへ伝えるか。ゲームのコンセプトを固めた上で、少数精鋭の専門チームによる開発プロセスがスタートした



■ 入念なプロトタイピングを経て行なわれた、手作業による作り込み

ゲーム中の動きをアニメーション化したプロトタイプ。この段階では、主人公は常に銃を持っていて、戦闘中心の内容だった
最終プロトタイプ。基本的なアクションはすべて定義されていたが、戦闘が多い部分や、車を避けながら走るといった部分が製品版と異なっている
 開発はまずプロトタイプの作成から始まっている。プロトタイプは、ゲーム中で表現する動きをまずイラストでまとめ、次に簡単なポリゴンモデルを作って、プレイシーンを再現したアニメーションを作成。実際のゲームアセットに手をつける前の段階で思考錯誤を繰り返し、様々な問題を抽出している。

 問題のひとつは、カメラの動き。従来的なFPSと同じ感覚でカメラを固定するだけではキャラクターの動きを感じられないので、いくつかの方法を試している。

 ひとつめは、主人公の頭に、カメラを完全に同期させてしまう方法だ。この方法はリアルといえば1番リアルなのだが、カメラの動きがあまりにも激しく、まっすぐ走るだけでもひどい揺れを生じさせるため、すぐ却下になった。

 2つ目に試されたのは、上記の揺れを改善するために、一定距離前方に「注視点」を設定して、常にカメラがその位置を向くようにして、画面の動きを安定させる方法だ。確かにカメラの動きは安定したのだが、今度はロボット的になりすぎて、動きの臨場感が削がれてしまった。これも却下となっている。

 それで最終的結論がどうなったかというと、これが意外にも欧米のソフトハウスらしくない。「アニメーターの手でカメラの動きを付ける」という、職人芸頼みの泥臭い方法なのだ。ただ、いきなり職人芸に頼るのではなく、そこに至る過程で様々な実験を経たおかげで、最終的なアウトプットの質が高まったという点には注目するべきだろう。

 その参考として、このセッションではプロトタイプ版のCQC(近接格闘)シーンの映像を見ることができたが、最終製品との違いはカメラの動きだけなのに、印象が全く異なっていた。一言で言うと「うわ、ショボい!」という感じで、会場から笑い声が上がったほどである。カメラの動きはそれほど重要なテーマだったわけだ。

1人称カメラその1。キャラクターの頭に直接カメラを装着してみたら、画面が激しく揺れすぎてプレイに支障をきたすほどだった1人称カメラその2。カメラが一定のポイントを注視するようにしてみると、揺れは安定したが、動きがロボット気味になり、臨場感が失われた最終バージョン。1と2の間をとるために、結局はカメラの動きをすべて人の手で作成することになった。手間はかかったが最良の結果を得ることができている

動きのテスト用ステージ。装飾を無くし、すぐにロードできるようになっている

 次に、主人公自身のアクションをどのように制作したかであるが、実際のゲームステージを制作する前に、ゲーム中のすべての動きを試せるテストステージを作成して、テストを効率化している。その上で、ゲーム中の様々な動きを繰り返しつくり込んでいったわけだ。

 そして実際の動きをつけていく制作作業では、ここでも職人芸的な手法がとられている。アニメーションツールはDICEスタジオ全体のために独自制作されたもので、モーションキャプチャーから手付けのアニメーションまで、幅広い用途のためにデザインされている。「Mirror's Edge」の開発では、ほとんどのアニメーションを手で付けて、環境とのインタラクションが自然になるよう調整していったようだ。

 これがなぜかというと、本作における主人公の動きは、「ジャンプする」というひとつの動きだけをとっても、そのスピードや周囲の地形といった文脈に応じて変化するからだ。着地の動きだけでも、スピード、姿勢、激しさ、そして次の動作に応じて、IK、上半身、下半身、と、複数のアニメーションパターンを合成して表現している。

 このため、キャラクターの各部に、アニメーション制御のためのデータを相当数埋め込む必要があって、なおかつ、アニメーションがブレンドされても不自然にならない工夫が必要だ。このあたりはアニメータースタッフが相当がんばったに違いない。

1人称モデルは、しっかりと存在感を出すために、わざと通常よりもマッシヴな感じでレンダリングしているアニメーションツール。スキンに対するアニメーションの重みづけをしているところこちらはアニメーションの設定を手作業で行なっているシーン。IKの設定などもこの中で行なっているようだ



■ 最終仕様を決定づけた、テストと改良のプロセス

作り直しが多く発生した動きのひとつ、ジャンプ。状況に応じて異なる動きにつながっていくので、かなりの手間をかけて調整したという
壁走りについては、初期版と最終版でカメラワークが全く異なっていた

 テストステージ、アニメーションツールと、スタッフのための充実した開発環境が用意されて、いよいよ開発が本格化していく。動きだけに特化して開発を進めていくので、相当、細かい部分にこだわることができたようだ。

 そういうわけで、大多数の動きは、5~6回のイテレーション(制作、評価、作り直しのくりかえし)プロセスを経ているという。特に作り直しが多くなったのは、上記で紹介したジャンプの動き、そのほか、壁走り、障害物を飛び越える動きなどが挙げられていた。

 このうち、障害物を飛び越える動きは、「Mirror's Edge」の中で最もバリエーションが豊富で、ダイナミックなもののひとつだ。移動スピード、障害物の高さ、ジャンプのタイミングなど、さまざまな条件に応じて、適切な動きが選択される。本作をタイムアタック的にプレイするとき、非常に奥深いプレイテクニックにつながるのがこの動きである。

 ところが、初期バージョンでは、飛び越える動きのパターンは1種類のみだったという。それでは不自然だということで、追加で1種類、また1種類と動きを追加。そのうちに完全にダイナミックなものに変貌を遂げたというからくりのようだ。このエピソードは、イテレーションプロセスがゲームの質を大きく向上させる例として典型的なものだろう。

 かくして「Mirror's Edge」は完成した。アクションアドベンチャーゲームとしてのトータルな出来はともかくとして、こと1人称視点のゲーム体験に新境地を切り開いた点において、顕著な成功例となっている。

 Dahl氏とAberg氏はその制作を振り返って、少数の専門チームによるアジャイル開発という方法論がうまく機能したこと、ゲームコンセプトに強い信念を持って取り組んだことが最終的に報われたことを、よかった点として挙げている。

 また、1人称視点ならではの表現上の制限がもたらしたさまざまな課題について、開発を通して様々なことを学ぶきっかけになったと評価している。

 ちなみに、今回のGDCでは、コナミの小島秀夫氏による基調講演で「制限があるからこそ新たなゲームデザインが生まれる」という趣旨のスピーチがなされていた。「Mirror's Edge」の例は、「制限」の出所は違っているものの、それが新たな表現技法をもたらしたという点で、小島氏のスピーチで語られた事と面白い共通性を見せている。

壁走り。角度や勢いに応じて動きが変わってくるので、プログラム的な調整も含めてなかなかの難物だったようだ物体を乗り越える動きは、開発の初期段階から最終段階にかけ、劇的に変化したというDahl氏、Aberg氏のふたりは、1人称視点という制限がさまざまなチャレンジにつながったとし、開発工程を振り返っていた





(2009年 3月 29日)

[Reported by 佐藤カフジ ]