「Game Tools & Middleware Forum 2010」ミドルウェア系セッションレポート
シリコンスタジオが業界に提案する「ドリームチームプロトコル」ほか

7月1日 開催

 

 ゲーム開発ツールやミドルウェアの提供事業者が揃ってプレゼンテーションを行なう業界関係者向けの集中セミナー「Game Tools & Middleware Forum 2010」が、7月1日、東京・大手町サンケイプラザにて開催された。本セミナーにはSCEやマイクロソフトといったゲームプラットフォーマーをはじめ、10社以上のツール・ミドルウェア企業が参加し、それぞれの最新製品をアピールした。

 その中で特に異質だったのが、ゲーム開発フレームワーク「ALCHEMY」を中心に多数の技術ソリューションを提供しているミドルウェアメーカー、シリコンスタジオ。そのセッションではミドルウェアの紹介はほとんど行なわれず、そのかわりに「ドリームチームプロトコル」というシリコンスタジオが提案する新しい協業形態が紹介され、次世代のゲーム開発に向けた提言が行なわれた。

 このほか本稿では、当日行なわれたミドルウェア企業各社のプレゼンテーションを複数ピックアップしてお伝えする。



■ シリコンスタジオが提案する新しい協業形態「ドリームチームプロトコル」とは

シリコンスタジオの藤本文彦氏(写真右)と、ゲスト登壇したブラッシュアップの犬飼泰三氏(写真左)
「ドリームチームプロトコル」。フットワーク軽くプロジェクトベースで優秀な開発者を割り当てる、その協力をシリコンスタジオが行なうという形態

 「市場を元気にするシリコンスタジオ~次世代開発における新たなニーズとは」と題するプレゼンテーションを行なったのは、マッチロック株式会社代表取締役社長にしてシリコンスタジオのミドルウェア事業部にてエバンジェリストを務める藤本文彦氏。ゲストとして3Dエフェクトを専門に手掛ける企業であるブラッシュアップの代表取締役を務める犬飼泰三氏も登壇した。

 藤本氏はまず、日本のゲーム業界が危機的状況にあるという現状認識から議論を起こしていった。既存のコンシューマーゲーム市場は確実に縮小しており、大規模タイトルさえも開発費の増大や巨大な開発チームの維持のためにリスクばかりが大きくなっている。低予算ゲームのさらなる低予算化はとどまることを知らず、いまや1,000万円以下という極小の資金でゲームを作らざるをえない現場も珍しくないという。

 しかし、ゲーム市場全体が縮小しているかというとそうではない。世界的市場を相手に売上を立てるグローバルなハイエンドゲームや、ソーシャルゲーム、スマートフォン向けコンテンツ、アイテム課金型のオンラインゲームなど、莫大な収益を上げるチャンスは無数に転がっているというのが藤本氏の認識だ。

 問題はどこにあるのか。藤本氏はそれを「大きな収益源は次々と生まれているが、そこにうまくアクセスできていないだけ」と断ずる。既存のゲーム企業としては、新しいプラットフォームやビジネスモデルに挑戦したい意思はあるものの、従来のゲームプラットフォームに最適化しすぎたリソースが足かせになっているという構図だ。

 そこで藤本氏が掲げるゲーム業界の理想像は、市場環境や顧客ニーズの変化に素早く対応できるフットワークの軽さを体現することだ。これまでにも言い尽くされていることだが、既存のゲーム企業には独自のゲームデザイン手法やキャラクター資産といった強みがある。既存のプラットフォームでやるか、新しいプラットフォームに移行するかという二者択一ではなく、強み活かせる市場には全て参入すべきという藤本氏。

 そのためには技術的な参入障壁を取り払うこと、プラットフォームの壁を乗り越えること、その上で強みに専念できるためのパートナーを得ることが重要であると議論が続く。そこで藤本氏が提案するのが「ドリームチームプロトコル」だ。技術やプラットフォーム、ビジネスの壁を超えて強みを活かすために最適な仕事ができる、1企業を超えた「ドリームチーム」をフットワーク軽く形成するためのアイディアだ。

 その技術的なソリューションとして基盤となるのはシリコンスタジオのミドルウェア、「ALCHEMY」だ。藤本氏は「ALCHEMY」を「メタゲームエンジン」と評する。非常に高度な抽象化が行なわれており、新プラットフォームへの対応が全く問題にならないのだという。例えば、この会場で披露されていたiPhone/iPad版「ALCHEMY」は、本カンファレンスが近づいてきた時期に「いっちょう作っておくか」というノリであっという間に開発されたのだそうだ。

 その「ALCHEMY」の上に構築されたポストエフェクト・シェーダー・3Dエフェクトライブラリである「YEBIS」、「DAIKOKU」、「BISHAMON」もシリコンスタジオの強み。これらを使って作られたPS3用「3Dドットヒーローズ」は、わずか10カ月で開発を完了したというのだから驚きだ。

 「ドリームチームプロトコル」はこのような技術に加え、マーケティングやマネジメント、企画面でも協力する。その上で経験豊富なエンジニアによるバックアップや協業をシリコンスタジオが支援するシステムだ。「内部のエースチームと遜色のない開発アウトソーシングを豊富なパートナーと協力して短期間で実現する」という。

 また、藤本氏はオンラインゲームのサービスモデルで壁となっているサーバー技術についても言及。大規模オンラインゲームのサービスを経験したエンジニアが参画していることで、様々な形で協力が可能であることを明言していた。単にミドルウェアを売るだけでなく、ゲームビジネス全体を構築していく助けとなっていく。ミドルウェア企業としてのシリコンスタジオは新たな段階に脱皮を図っているようだ。


シリコンスタジオの誇る各種ミドルウェアがむしろ「脇役」であったのは意外。だがシリコンスタジオが提案する「ドリームチームプロトコル」は、ミドルウェア企業による新たな業界貢献の姿として、ゲーム産業全体をより面白い方向に導くかもしれない

3Dエフェクトを専門とする企業、ブラッシュアップの代表を務める犬飼氏は、「YEBIS」、「BISHAMON」といったシリコンスタジオの技術を用いることでチームとしての強みを広げることができると語った



■ 国内2,000本以上の採用実績を持つサウンドミドルウェアがバージョンアップ!
 CRIミドルウェア「CRI ADX2」

「ADX2」をはじめ、将来に向けた展開を語るCRIミドルウェアの押見正雄氏。「開発者のコミュニティみたいなものを発足させたい」とも
長年の蓄積があるサウンドミドルウェア「ADX」が大幅に進化
オーサリングツール「CRI AtomCraft」が実演される様子

 ゲーム向けの高性能動画コーデックやゲーム用データ圧縮システム「ファイルマジックPro」をはじめ、多数のミドルウェアを展開するCRIミドルウェアは、今回のプレゼンテーションで最新のサウンドミドルウェア「CRI ADX2」の紹介を行なった。

 「ADX」はゲームでのサウンド再生を支援するミドルウェア。国内のゲーム企業では非常に広く使われており、1995年にサターン用の「ADX」がリリースされて以降、歴代のゲームプラットフォームに対応し、現在までに2,093タイトルの採用実績がある。新バージョンとなる「ADX2」では、対応プラットフォームの拡大、コーデックの刷新をはじめ、さらにはサウンドデータのオーサリングツール「CRI AtomCraft」の導入など大幅な機能拡充が行なわれていることがポイントだ。

 まず「ADX2」では、プレイステーション 3、Xbox 360、Wii、PSP、DSを始めとするゲーム機からスマートフォンまで幅広いプラットフォームに対応する。その上で独自の音声コーデック「HCA」、「HCA MX」を利用し、MP3やAACといった一般のコーデックよりも低負荷で安定した動作を実現する。マルチストリーミングにも対応し、再生中にゲームデータを裏読みできるなどゲーム向けならではの機能も万全だ。

 またサウンドオーサリングツールとして「CRI Atom Craft」を提供する点も「ADX2」での重要なポイント。このツールはゲームサウンドのデザインに特化されたもので、マルチトラックのタイムライン編集や、「ASIAC」と呼ばれる各種のエフェクタを簡単な操作で組み合わせることができる。また、作成した「キュー」と呼ばれるサウンド構造を再利用することで容易に複雑なサウンド要素を構成することも可能で、その様子が会場で実際にデモンストレーションされた。

 また最近のゲームにとって面白い要素となっているのが、アダプティブミュージックシステム「ADAMS」と呼ばれる、ゲームの状況に応じて楽曲を変化させる機能だ。この機能では、予め複数のストリームで楽曲を再生しておき、ゲーム中の状況にあわせて適切なストリームをユーザーに聞かせることができる。また、ピッチを上下させて楽曲の雰囲気を変えることも可能で、これらの制御は小節に基づいた適切な単位で行なわれるため、実に自然に遷移することができる。この機能は一足早くPS3「アルトネリコ3」で採用されているという。

 「ADX2」は海外のサウンドミドルウェアに見られる環境オーディオ、HDRオーディオやボイスチャットといったランタイム技術に深く踏み込んだシステムではなく、カットシーン演出や戦闘シーンといったメリハリのある国内のゲーム開発に最適化されたゲームオーディオソリューションと言える。7月1日にはPC、PS3、Xbox 360、Wii、PSP、DS版が同時リリースされる。その後はiPhone版のリリースも検討しているとのことだ。

 既存の「ADX」が極めて広く使われてきたミドルウェアであるだけに、最新ゲームでは「ADX2」が広く使われるようになるかもしれない。ユーザーとしては、アダプティブミュージックシステムなど、それとわかる演出に注意しながらゲームをプレイするというのも面白そうだ。


ランタイム機能だけでなくオーサリングツールの提供により総合的なゲームサウンドのソリューションとなった「ADX2」。「CRIオーディオ」など既存のオーディオソリューションも統合している点が魅力。長い実績を持つ「ADX」に続き、これから多数のゲームで使われるようになりそうだ



■ その他各社から紹介された最新ミドルウェア事情

【オートデスク HumanIK 4.5 / Kynapse 7】
コンテンツ製作ツールを多数提供するオートデスクは、フルボディキネマティクスミドルウェア「HumanIK 4.5」、AIミドルウェア「Kynapse 7」をプレゼンテーション。「HumanIK 4.5」では「Maya」、「SoftImage 2011」といった最新DCCツールや、「Unreal Engine 3」といったゲームエンジンへのインテグレーションが報告され、一貫したパイプラインでコンテンツ製作・ゲーム製作が可能であることが強調されていた

【EPIC Games Japan】
今年4月に日本オフィス設立を果たしたEPIC Gamesの日本法人、EPIC Games Japanは、「Unreal Engine」の最新機能を紹介。「Unreal Editor」を中心とする様々なツールセットのデモンストレーションが行なわれた。ツールやドキュメントの日本語対応も9割ほどを完了したとのことで、いよいよ日本国内への本格普及に本腰を入れていくようだ

【Scaleform GFx】
世界的なUIミドルウェア「Scaleform GFx」を提供しているScaleformからは、今回新たに3DのUIを実現できるようになった最新機能などミドルウェアの特徴が紹介された。最近ではカプコンの「ロスト プラネット 2」でも採用されているという。また、内蔵するビデオ再生機能にはCRIミドルウェアのコーデックが利用されている。今回はライセンス費用についての情報も公開され、ゲーム機用としてはパッケージタイトル向けのコマーシャルプライスで3万ドル、追加1プラットフォームで1万ドルといった価格体系。ドル建てということで「円高なのでお買い得ですよ」といった冗談が飛び出す一幕もあった