台湾経済部技術処処長 呉明機氏特別インタビュー
2012年までに5本の台湾オリジナルのPS3タイトルを開発

6月30日収録(現地時間)

会場:台湾経済部


 台湾経済部が6月29日に開催した「新世代デジタルコンテンツ台日合作記者会」では、数十億円規模の予算、最大3年のスパンで、ゲームクリエイターの育成と、ゲーム開発を柱としたデジタルコンテンツ制作補助を同時並行して行なうという大がかりなプロジェクトが発表された。

 本プロジェクトを主導しているのが、台湾経済部技術処である。経済部の中で、新たなテクノロジーの研究開発を軸に産業育成を図る部門だが、近年特に力を入れているのがソフトウェア産業であり、その中でもひときわ有望視されているのがコンシューマーゲーム産業である。経済部が主導するR&Dに、ゲーム産業が含まれるところに、台湾の産業構造のユニークさと本気度を見て取ることができる。今回は、プロジェクトの実質的な責任者である台湾経済部技術処処長の呉明機氏に、発表内容の狙いと目標について話を伺った。



■ 「新世代デジタルコンテンツ台日合作記者会」の狙いと目標

台湾経済部技術処処長 呉明機氏
プロジェクトの実質的な推進役として「新世代デジタルコンテンツ台日合作記者会」の最初に祝辞を述べた呉氏
今回発表された2つのプロジェクト。人材育成と制作補助。両方で数十億の予算が投入される

 台湾経済部のデジタルコンテンツ産業への支援は2001年頃から本格化し、中でもゲーム産業は、有力な輸出産業のひとつとして積極的な支援を行なってきたという背景がある。これまでは台湾のゲーム産業といえば、PCオンラインゲームのことを指していたが、今後は世界のゲーム産業と肩を並べて成長していくためにはコンソールゲーム(編注:ここではゲーム専用機向けのゲーム全般を指す)への参入が必要不可欠だと判断したという。

 コンソールゲームは、世界のゲーム産業の中心的存在であり、世界の先進国においてその傾向が顕著となっている。投入されている技術も、既存の台湾産のPCオンラインゲームより高度なものであり、特に現行世代のコンソールゲームへの参入は、ゲームソフトウェア技術のキャッチアップという点において台湾ゲーム産業にとって重要な意味を持ち、同時に成し遂げたい目標だと考えているようだ。

 台湾経済部がコンシューマーゲーム開発にこだわる理由は2つある。ひとつは台湾発のコンシューマーゲームを世界に展開することで、世界のゲーム産業におけるプレゼンスの向上に繋げていくという考え方。もうひとつは、中国沿岸部の購入意欲旺盛な消費者に対して、中国テイストに合ったコンシューマーゲームを提供できるのは我々であり、それがさらに大きなビジネスチャンスだと捉えているところだ。PCオンラインゲーム一本だった既存のゲーム産業支援策からの大きな転換を意味すると同時に、極めてユニークなコンシューマーゲームの活用法である。

 その一方で、今回のプロジェクトを通じて台湾の強みであるオンラインゲームの“再活用”も考えているという。具体的には台湾ではかつて中国市場でオンラインゲームをいくつか成功させているが、できればこの機会にそれらをコンシューマーゲームに移植した上で、再度中国市場へ展開することも検討しているという。中国展開が成功すれば、順次世界へ展開していくことも視野に入れており、4億とも5億とも言われる中国のインターネットユーザーに対して、台湾で培ってきたオンラインゲームのノウハウを今度はコンシューマーゲームにも活用したいと考えているようだ。

 台湾経済部では、こうしたプロジェクトを成し遂げるために台湾ゲーム産業が克服すべき課題が2つあると考えている。ひとつはPS3を筆頭としたコンシューマーゲーム開発に必要な人材の育成。世界に通用するコンシューマーゲームに求められる技術水準は、既存のPCオンラインゲームよりも格段に高いため、SCE Asiaの全面協力を得て日本から一流のクリエイターや講師を呼んでノウハウを学ばせることが人材育成の近道だと考えているようだ。

 もうひとつは、既存の台湾のゲームメーカーに対して、どのようなアプローチでコンシューマーゲーム開発のノウハウを身につけさせるかだという。こちらもまたSCE Asiaの協力を仰ぎ、経済部からの制作補助を受けながら、日本と台湾メーカーの共同開発という形で軟着陸させることを考えているという。

 ちなみに、SCE Asiaが今回協力してくれた背景には、台湾経済部との10年以上もの長きに渡って良好な関係があることと、台湾でも日本のメーカーの下請け的な立場でコンシューマーゲーム開発を行なう企業が増えてきていることに加え、海賊版対策が功を奏してきていることが挙げられるという。

 呉氏は、SCE Asiaが12年前から推進してきた海賊版に対する取り組みや姿勢は、デジタルコンテンツ育成にクリエイターやメーカーの知的財産権の保護が欠かせないことを理解するのに役立ったと告白する。台湾政府が海賊版対策に本腰を入れた結果、今年から米国のスペシャル301条の監視国リストから外れるという成果を得ることができたという。補足しておくと、スペシャル301条の監視国リストからの削除は、米国が台湾の知的財産権の保護への取り組みを認めたことを意味している。これにより、台湾が世界に対してクリエイティビティを発揮する準備が整ったと考えているようだ。

 デジタルコンテンツ制作支援事業については、日本と台湾メーカーの共同開発が前提となっている。これにより台湾側は、共同開発事業を経ることでコストを掛けずにコンシューマーゲームの開発ノウハウを得られる。一方、日本側のメリットは、コストダウンと中国へのコンシューマーゲーム展開が可能になることの2点を挙げた。

 期待される具体的な成果としては、2010年までに200名の現世代機での開発に耐えうるゲーム開発者を育成し、2011年までに20もの台湾オリジナルタイトルのプロトタイプを作成し、2012年までに5タイトルのPS3タイトルをリリースしていく。育成した人材は、台湾のゲームメーカーへのマッチングを行ない、有望なゲームタイトルの開発に成功したメーカーに対しては、投資家への斡旋を行ない、プロジェクト終了後もゲーム開発が継続できる環境作りを続けていくという。

 本プロジェクトとは別の野望として、ソフトウェアのみならず、ハードウェアにおいてもコンソールゲームへの参入を進めていきたいという。これは台湾が新しいゲームプラットフォームを作るという意味ではなく、台湾が誇るPC向けハードウェアの企画/生産能力を活かして、プレイステーションプラットフォームに向けて周辺機器を手がけていくということだ。

【プロジェクトスキーム】
人材育成とデジタルコンテンツ制作支援の基本的なスキーム図。いずれのプロジェクトもSCE Taiwan(SCE Asia)が重要な役回りを担っている



■ 近い将来に台湾から中国へのコンシューマーゲームの展開が可能になる?

呉氏は、終始、コンシューマーゲームの中国市場展開について強い意志と自信を覗かせた。長年停滞する対中国展開の突破口となることを期待したい
台湾発のコンシューマーゲームを全中華圏、そして世界へ
2010年に200人のクリエイター、2011年に20本のプロトタイプ。そして2012年には5本のPS3タイトルと、高い目標を設定している

 呉氏の解説は理路整然としていて大変わかりやすいものだったが、聞いていていくつかの疑問もわき上がった。おそらく読者も「おや?」と感じた部分がいくつかあるだろう。取材の後半では、呉氏にそうした率直な疑問をぶつけてみた。

編集部: 台湾ではPCオンラインゲームが大変盛んだが、今回政府の予算を投入してコンソールゲームの開発に乗り出すということは、今後は政府の方針としてPCオンラインゲームから、コンソールゲームへの転換を図るという理解で良いか?

呉氏: 転換ではなく、狙いはあくまで世界で通用するゲームコンテンツを作ること。ただ、現在の台湾の状況を見る限りでは、コンソールゲームへのチャレンジが必要不可欠だと考えている。また、コンソールゲームの盛んな国は海賊版対策がしっかりしている。台湾でも海賊版への対策が内外で認められたので、コンソールゲームに乗り出す良い機会だとも捉えている。

編: 私が知る限り、中国市場では、未だにハードソフト共にコンソールゲームの展開が認められていない。プロジェクトの狙いのひとつに、中国市場へのコンソールゲームの展開を掲げているが、その規制の部分はどう解決するのか?

呉氏: ご存じのように、中国大陸は海外企業に対する制限は厳しいものがあるが、台湾と中国大陸の関係は、昨年から好転してきているので、台湾で開発したオンラインゲームはPCでもコンソールでも中国で展開できるように交渉していきたい。ただ、交渉は政府対政府になるので時間は掛かるが、我々はいつでも展開できるように用意を進めている。

編: 現在、日本のコンシューマーゲームメーカーは、中国市場に展開することができないでいる。しかし、台湾産のコンテンツの展開が認められるようになれば、日本のゲームも台湾をゲートウェイに中国進出が図れるということになりそうだ。

呉氏: 我々もそうした展望を描いている。

編: しかし、いくらソフトウェアの展開が認められても、SCEさんが中国でPS3を販売できなければ意味がないのではないか?

呉氏: 我々の見方としては中国沿岸部の購買力も上昇しており、経済分野での解放は今後進んでいくと考えている。時間が解決する問題だと捉えている。今は並行品しかないが、並行品の人気を目の当たりにして中国政府も対応を変えざるを得ないのではないだろうか。

 特に台湾のオンラインゲームをコンソールゲーム化することによって、テレコム系のメーカーにとって大きなビジネスチャンスになる。それは中国政府にとっても望ましいことではないかと考えている。実際に、台湾と中国のテレコム系のメーカーは協業の道を模索しており、コンテンツなどを融通し合うようになってきている。テレコム業者の対応の変化により、解放路線が一気に進むこともありうるのではないかと考えている。

編: 率直に言って呉氏のゲーム産業に対する知識の豊富さに驚いている。技術処がここまでゲーム産業に力を注ぐ理由は何か?

呉氏: デジタルコンテンツ産業の推進は経済部にとって重要だ。2001年から取り組んできたゲームもその1つに過ぎない。ちなみになぜ2001年からかというと、当時、韓国のオンラインゲームに台湾市場が席巻された年だからだ(笑)。この状況を変えるために、中国のメーカーとも協力してゲーム産業支援に力を注いできた。そうした結果、台湾独自のノウハウが蓄積され、現在では日本でも台湾のオンラインゲームが人気を博するまでに至っている。

 ゲーム産業は、既存の産業に比べて拡張性や成長性が見込める産業として注目しているし、台湾も対中華圏における役割を考え直す時期にきている。台湾は中華圏の中でも民主主義が盛んな地域であり、台湾の人々のクリエイティブ性やアイデアは有望だし、香港の人々もクリエイティブ性やアイデアは持っているが、我々にはさらに技術がある。バックボーンがしっかりしているところが台湾の強みだと考えている。

 中国大陸でコンソールゲームを作ろうとした場合、最初に直面する課題は開発コスト、次に海賊版に対するリスクマネジメント、3つ目に新しいゲームテクノロジーに対する吸収力が足りないのではないかと考えている。欧米の企業が中国にコンソールゲームを開発する子会社を作ったが、成功したという例はあまり聞かない。我々としてはそのような状態だからこそぜひともチャレンジしてみたい。

編: コンソールゲームへの参入はソフトウェアに留まらずハードウェアでもという話だが、具体的にはどういうことか?

呉氏: 今考えているのは、PS3にWiMAX機能を付けてネットワーク機能の強化を図るといった試みだ。ほかにはモーションキャプチャや、センサーバーを使わずに操作を行なう技術などを研究している。可能であれば、PS3プラットフォームにそうした技術を導入してみたい。あとはMEMS (Micro Electro Mechanical Systems)のゲームへの応用なども考えていきたい。

編: 技術処が考えているのは、台湾専用のPS3カスタムモデルを作ることか、それともワールドワイド向けのPS3への組み込みか?

呉氏: 希望はもちろん後者だが、SCEさんの意向が第一なので相談して決めていきたい。我々としてはPS3あるいは、その次のプラットフォームに台湾のテクノロジーが採用されるように働きかけていきたい。

編: 今回、コンソールゲームの産業育成のパートナーに、SCEさん1社のみを選び、任天堂やMicrosoftを選ばなかった理由は何か?

呉氏: SCEさんが我々にとってベストパートナーだからです(笑)。ゲームのクオリティや技術的な部分を見てもPS3は優れている。Xbox 360やWiiもそれぞれ人気だし、頑張っているが、やはりSCEさんがビジネスパートナーとしてもっとも魅力的だった。もちろん、コンソールゲームの開発は、PS3に限定するつもりはなく、PS3でのゲーム開発を学んだ後は、他のプラットフォームに乗りだしてもまったく問題はない。

編: 台湾軍では、隊員の娯楽設備としてXbox 360が大量納入されていると聞いたが?

呉氏: すべてのゲームコンソールが納入されているが、軍隊なのに大量に購入しすぎなのではないかということで問題になった。軍の場合、どうしても大量納入となるが、契約の際に重要となるのが価格で、価格競争でPS3は勝てなかったのかも知れない(笑)。台湾軍もすべてXbox 360ではなく、PS3も置かれていると聞いている。

編: 日本のメーカーとユーザーに向けてメッセージをお願いします。

呉氏: 日本のゲーム業界は、台湾のゲーム業界にとって先輩であり、憧れでもありましたが、今後はお互いに手を取り合って中華圏や世界で通用するコンテンツを発信していきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

編: ありがとうございました。


取材には今回のホスト役である経済部の外郭団体である資策会も出席。インタビューは終始和やかな雰囲気で進められたが、途中で年に1度実施されるという防空演習が始まり甲高いサイレンの音に驚かされた

(2009年 7月 1日)

[Reported by 中村聖司 ]