「DOOM」。たった4文字のこのタイトルに、さまざまな記憶をともなって深い感慨を抱ける人がいるとしたら、相当に年季の入ったPCゲーマーだろう。そして恐らく、私はその中の1人に数えられる人間である。
そんな中でプレイしてきたPCゲームはそれぞれに思い入れがあるものだが、その中でも「DOOM」はひときわ特別な存在だ。私的な感想で恐縮だが、これほど熱狂的にハマったゲームを私は他に挙げることができない。客観的にみてもまず、「DOOM」はそれまでにまったく無かったゲーム的要素の塊であった。それまでのFPSがすべて平面のマップで展開する迷路ゲームの延長だったところに、立体的で複雑、戦略的な内容をもつ「DOOM」は衝撃的だった。 それだけではなく、技術、ゲーム性、演出、等々、あらゆる面において恐ろしく完成度が高く、それまでゲームをしてこなかった人までをも虜にしてしまったのだ。これについては「DOOM」を知る人ならば万人が認めるところだと思うが、それまでは特殊なゲームジャンルでしかなかったFPSが、PCゲームの代名詞になるほどの一般性を獲得できたのは、「DOOM」による革命的なブレークスルーからなのである。 その「DOOM」を作り上げ世に送り出したid softwareは、当時も今も20名そこそこの小規模なゲーム制作集団である。彼らはその後も「Quake」シリーズを通して単純ではあるが比類ない完成度をもったゲームを送り出し続けると同時に、MOD(=Modifications、ユーザーによるゲーム改造・拡張)やマルチプレイなど今日にいたるPCゲームの文化的な発展に大きな影響を及ぼしてきた。今日のグラフィックチップに搭載されている機能の多くは、id softwareの筆頭技術者John Carmack氏の影響を無視することができない。id softwareは、まさにPCゲームの歴史の、最も濃いエッセンスを凝縮した、そんな集団なのである。
そんなid softwareが4年の歳月をかけて完成させた最新作が「DOOM 3」である。長くPCゲームに親しんできた人々にとり、そしておそらくid software自身にとっても意味深いこの「DOOM」の名を冠するゲームは、はたしてこの特別な名前を戴くに値するものであろうか。前置きが非常に長くなってしまい恐縮だが、本稿では敢えて、過去のシリーズの存在を強く意識した内容でお送りしたいと思う。なお、今回、カバーした範囲はシングルプレイのみで、マルチプレイについては別稿にてお届けする。
■ 最高のグラフィック技術と3Dアートを堪能できる最新作
本作では、すべてのキャラクタや物体には余さずバンプマッピング(=物体の凹凸をピクセル単位で制御する)とスペキュラーマッピング(=物体に光が当たったときの反射のしかたをピクセル単位で制御する)が施されており、また、すべての照明がリアルタイムに計算され、あらゆる物体に対してステンシルシャドウによる影を生成している。したがって本作ではゲーム内の隅々に至るまで「あらかじめ計算された陰影」なるものは存在しないわけで、今日のグラフィックチップの売りであるPer Pixel Shading(ピクセル単位で計算された陰影付けの機能)を100%使い切った内容となっている。これが本作の驚異的な質感を作り出しているポイントだ。 実は、バンプマッピングやステンシルシャドウなど、「DOOM 3」で使われているこれらの技術は決して最新のものではない。いずれも、既に数年前から実装されていたものばかりだ。そして、これらは初期のPixel Shaderに対応したグラフィックチップなら種類を問わず実行可能な、最も基本的な機能だけを使用しており、最新のGeforceシリーズやRadeonシリーズに搭載されているような最新機能を必ずしも必要としていないのだ。つまり、グラフィックスオプションを落とせば、旧世代のビデオカードでも動作する。これは同作の隠されたウリのひとつだろう。 このおかげで3年以上前のグラフィックカードでも最高品質で映像をレンダリングすることができるし、GPUチップの差によるグラフィックの理不尽な違いも現われない。これは、リードプログラマのJohn Carmack氏が明らかにしていることだ。それに付け加えれば、最も基本的な機能(=高速に処理できる)に絞って使用しているおかげで、最新のグラフィックカードでは、このクオリティにして驚異的な速度で画像がレンダリングされるという側面も持っている。 最近のPCゲームを見回すと、最新技術は「部分的に」導入されてゲームのウリとなることが多い。しかし本作の場合、画面内に現れる一部ではなく、すべてのものに対して余さず妥協のない処理を行ない、それにもかかわらず現実的なパフォーマンスを発揮している。こうした徹底的な作りこみが「DOOM 3」エンジンの真髄であり、id Softwareの凄さなのだろう。 このあたりは、極めて限られた性能しかなかったMS-DOS時代のPC(i386やi486……現在の一般的なPCの100分の1の処理速度しかない)で驚異的な高速3D描画を可能にした初代「DOOM」の技術的なアプローチに近いものがあるかもしれない。「DOOM」のグラフィックス技術も誰もが腰を抜かしたものだったが、それを実現したのはソフトウェアの作り込みによるもの。最新の技術を使って作り出したわけではないのだ。そして、そのときのハードウェア的なものは「Wolfenstein 3D」の時と何も違うところはなかったのである。
■ 続編ではなく旧作のリメイクがコンセプト。グロテスクに蘇る懐かしいモンスター達
地獄へと続くゲートを通って現われる忌まわしき者たち。それらは人間の魂と肉体を破壊して哀れなゾンビへと変えてしまう。人類の科学技術の粋が結集されていた火星基地がたちまち死の世界へと変貌してゆく中、数少ない生き残りの1人となった主人公は生存をかけて忌まわしき者たちと戦うことになる……。 これが、本作の世界観と導入部のシナリオである。旧作「DOOM」をプレイしたことがある方ならピンとくるどころか、笑いがこみ上げてくるだろう。いやはや、これは旧作「DOOM」とほとんど同じ設定なのだ。旧作との違いは舞台が火星本土であること(前作は火星の衛星デイモスとフォボスだった)、主人公に「地球での戦闘中に女子供を殺せと命じた上官に暴力をふるい、営倉入りの後に過酷な火星に飛ばされた男」という背景描写がないくらいか。ちなみに当の上官はハワイに栄転という設定。 というわけで、本作のシングルプレイは初代「DOOM」の完全なリメイク作品である。もともと「DOOM」という作品は、当時使える技術の粋を凝らして作り上げた一大ホラーアクションだったという面がある。10年の時を経た今、現在ある最高の技術をつぎ込んで、さらなる完成度のホラーアクションに作りあげたというのが、開発者も自ら明かしている本作のコンセプトだ。 とはいっても、シナリオらしいシナリオのなかった旧作とは違い、本作では期待以上に濃厚なシナリオを導入している。本作では行く先々で生きた人間のNPCとの会話があったり、死んだ人間のPDAを拾って残されたメールや音声データを聞き、一体そこで何があったのかといった情報を得ることができる。次第に真相があきらかになる今回の事件の全容と、主人公と目的を同じくする科学者と軍曹の関係が軸となって物語が展開される。とはいうものの、英語版であるため英文の読解とヒアリングが要求されるのが辛いところではある。現在日本語版のアナウンスはないので、これはいたしかたないところだろう。だが、文章や音声情報を無視して進んでも、クリアがおぼつかなくなることは無いので安心してほしい。 また、世界観を旧作と同じくしているため、登場する敵キャラクタも旧作から引用されたものが多い。この点、旧作からのファンにとってはたまらないサービスといえるだろう。「DOOM」シリーズを通して最多登場の敵キャラクタ、「インプ」は、今回ももちろん地獄軍の足軽として大量に登場する。ほかにも「ロストソウル」や「デーモン」、「レブナント」など懐かしいモンスターが再登場。もちろん、グラフィックは当時のものとは比較にならないほどリアルに、そしてグロテスクになっている。 あまり書くとネタばらしになってしまうので控えるが、レベルデザインも旧作を意識した部分が多くみられ、ファンならおもわずニヤリとしてしまう場面が少なからず存在する。最新の技術で再表現された新しい形の中に旧作の思想が見え隠れするのを感じ取れれば、ファン冥利に尽きるといったとこだろう。
ここで、公のサイトのスクリーンショット等で公開されているゲーム中盤までのモンスターについて、旧作「DOOM」と最新作「DOOM 3」の比較ショットをお送りしよう。この代わり映え、いかがだろうか?
■ 最新技術と最高の演出による「クラシック」なゲームプレイ
それに加えて、本作の「DOOM 3エンジン」の特徴にも深く関係するところだが、照明が作り出す陰と影の演出が全面に押し出されている。そのため、暗闇の中から突然、モンスターが現われて慌てさせられる場面に多く遭遇することがある。とにかくゲーム全編を通して、薄暗い空間、時には完全な闇の中で戦うことになる。こういった部分は演出的には悪くないのだが、他の明るいゲームに比べて「ゲームを遊ぶことに疲れる」傾向が強く出るようで、プレイ後はヘトヘトになってしまう。しかしその分、ホラー的な世界観や環境にハマれる人ならばとことんまで恐怖を味わえるだろう。 シングルプレイの流れとしてはシナリオに沿ったレベル構成であり、ほぼ一本道のゲーム展開だ。旧作に比べるとパズル的要素は少なめ。注意深く進めばあまり迷うこともないだろう。 ただ、さすがに4年の歳月をかけただけあって各マップの作り込みは尋常ではない。マップ内にちりばめられたメカニカルなギミックや、グロテスクなオブジェの存在感、質感に、ついつい見とれてため息が出てしまうほどだ。が、惜しむらくは前半は火星の基地内で進行していくため、フィールドのバリエーションに乏しさを感じてしまうところだろう。一応、野外に出られる部分はあるのだが、酸素不足ですぐに室内に戻らなければいけない……。 戦闘に関しては、「DOOM」の特徴だった敵同士の仲間割れもあり、過去のシリーズを彷彿とさせる内容だ。武器やアーマーなどのアイテムを取ると即座に敵に囲まれるようなレベルデザインや、前方の敵にかまっていると、後ろからモンスターがワープアウトしてきて挟み撃ちにされる……といった状況に遭遇することも多かった。これらはすべて「DOOM」的な演出なのだが、あまりに「DOOM」的であるために、シリーズのファンなら展開が読めてしまうところがある。 また、敵の行動パターンは旧作「DOOM」のようにとにかく接近して攻撃をしかけようとする、最近の敵の行動パターンから言うと、単純と言われる動き方を取る敵が主体になっているようだ。一部のモンスターはこちらの攻撃を素早く転がって避けるなどのトリッキーな動きも見せるものの、攻撃パターンは基本的には1~2種類で、あまりいやらしい戦い方はしかけてこない。 このあたりは、「QuakeIII:Arena」で人間の対戦相手を務める高度なAIを搭載した「BOT」の開発経験もある id softwareだけに技術的な問題ではなく、敢えてそうしたというゲームデザイン上の問題だろう。主人公の武器は全体的に近距離で凄まじい威力を発揮するようなバランスになっており、とりあえずプレーヤーが戦闘中に考えるべきことは、一定の距離をとって攻撃を避け、隙をつきモンスターに肉薄して一撃を叩き込むこと、といった感じである。武器デザインや挙動が素晴らしいだけに、この一定のリズムを掴むと旧作「DOOM」のような小気味良いアクション性を感じることができる。このあたりのバランスは今も変わらず秀逸だ。 ゲーム全体を俯瞰して説明してきたが、全体的には奇をてらった部分は目立たず、非常にクラシックな内容のFPSといった印象を受けた。いろいろな面でまさに「DOOM」なのではあるが、複雑な内容をもつ最近のFPSを経験してきたゲーマーにとっては素朴過ぎて、少々食い足りない感じがあるかもしれない。
ただ、筆者としてはこの素朴なゲームプレイこそが「DOOM」であり、そこが変わってしまっては「DOOM」ではないと思っている。演出面や描画技術では申し分のないクオリティを持つ本ソフトに、ゲームのリズムを掴んでこのダークな世界観に没入できれば、最近のFPSでは味わうことのできない最高のゲーム体験を得られることと思う。
■ 「Quake」シリーズの文化も継承。MOD制作に強力な環境がビルトイン
まだ「MOD」という言葉すらなかった当時は、当のid software自身もMOD文化の可能性に気づいておらず、公式のMOD開発のツール類などは存在しなかった。当時MODは「Conversion」や「Patch」、「Hack」などと呼ばれていて、作成ツール類は全て技術力のあるユーザーがゲーム本体を文字通り「Hack」して制作したものである。 熱心なユーザーの努力によってマップエディタやスクリプトエディタなどが次第に充実していくと、多くの人が改造や拡張に乗り出し、もはやゲーム本体はMODを遊ぶためのエンジンに過ぎないという様相を呈する。その流れたるや留まる所を知らず、ついにid software自身が改造されることを強く意識した「Quake」シリーズをリリースするにいたり、今日に至っている。 こういった流れを汲む本作「DOOM 3」では、当然MOD作成を意識した作りになっているだろう……と筆者も含むMODマニアは考えていたわけだが、今回は凄かった。想像のさらに上を行かれてしまった。なんと「ゲーム本体が、そのままエディタ」なのである。 「DOOM 3」では「Quake」ライクなフロントエンドを採用しているので、[Ctl]+[Alt]+[`](日本語キーボードの場合は[Ctl]+[Alt]+[半角/全角])を押すとコンソールウィンドウが開く。そこで“editor”とコマンドを入力すると、ゲーム画面が切り替わり、エディットモードに移行する。このエディタ、ゲームと完全に統合されているのも素晴らしいが、実際にゲームを作るために開発の現場で使われたツールとまったく同じ物であるだけに、面倒なセットアップなどの手順を踏むことなく、いきなりマップ作成を始めることができる。当然、すぐにゲーム画面を呼び出して動作を確かめることができるので、外部ツールに頼っていた従来の環境にくらべて非常に使い勝手がよい。 まだマニュアルなどが整備されておらず、とりあえずはユーザーグループで情報交換から始まっているようだが、さすがにゲームエンジンと統合されているだけあってかなり使いやすくはある。筆者も本原稿の準備をしつつ、1日ほどでデスマッチ用のマップをひとつ完成させることができた。 マップの制作効率に加えて「DOOM 3」では、ゲーム内のかなりの部分をテキスト形式のスクリプトで動作させており、それらはすぐにユーザーが展開して編集することができる。ゲームのコア部分を制御する 「gamex86.dll」というファイルの変更は今後予定されているSDKのリリースを待たねばならないが、それに頼らなくともゲームを変更できる部分が、従来の「Quake」シリーズに比べて大幅に広がったといえるだろう。
実際にはスクリプトの仕様などのドキュメントはまだ出ておらず、どこまで可能かどうかはユーザーグループの研究が進むのを待たなければならないが、今後「Quake」シリーズ並かそれ以上に興味をそそるMODが出てくる予感に胸を躍らせてしまう。このエディターツール群は、id softwareからの小粋なプレゼントだと感じた。このあたりについては Todd Hollenshead、Tim Willits両氏へのインタビュー記事も参照していただきたい。
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□「DOOM 3」の公式ページ http://www.doom3.com/ □関連情報 【8月6日】国内発売直前!! 「DOOM 3」開発者インタビュー 「史上最高のシングルプレイFPSを作りたかった」 http://game.watch.impress.co.jp/docs/20040806/doom3int.htm 【8月4日】サイバーフロント、「DOOM 3 日本語マニュアル版」発売日を8月12日に前倒し http://game.watch.impress.co.jp/docs/20040804/doom3.htm (2004年8月12日)
[Reported by kaf@ukeru.net]
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