■ THE SKETCHES OF MOONDAYS
~WE KEPT OUR PROMISE TO YOU~
'97年、アスキーから発表された“新感覚RPG”それが「moon」だった。戦闘シーンがなく、勇者に倒されたモンスターをキャッチするという逆転の発想……もちろんそれはゲームのテーマに深く根ざしているわけだが、システム、グラフィック共にこれまでにないゲームだった。
しかし、“これまでにないゲーム”はそんなに生やさしいモノじゃなかった。これまでにないだけでなく、ゲームに対する強烈なアンチテーゼだったわけだ。個人的にはゲームでゲームを否定するのは反則ではないのかといった気持ちもあったが、もちろんそれだけの問題提起があってこそはじめてこれだけの強烈な印象が残るのだろう。
とにかく何から何まですべてが強烈な個性を放っている。グラフィックもほのぼのした雰囲気だが、実は登場キャラクタを見るとなんだか個性的というのもはばかられるほどの、アクの強さだ。とくに“勇者”はガチャガチャと重い甲冑を引きずり、身の丈より大きな黒い剣を背中に背負いながらモンスターを倒していく。そりゃもう怖いというか、滑稽というか、すさまじい。各種イベントはそれとは逆に泣けるお話も多く、ハンカチ必携なお話の連続だ。
そんなゲームだから音楽もこれまた個性的だった。RPGにありがちな重厚なクラシックを基調としたサウンドで全てが構成されているわけではない。ゲームの中には“MD”と呼ばれるアイテムが登場する。“MD”といってもMiniDiscではない。“MoonDisc”と呼ばれるこのアイテムは、フィールドのあちこちで手に入れたり、MDショップで購入することができる。
手に入れるだけではない。このディスクを編集し、BGM替わりに聴くことができるというシステムなのだ。城などの一部の場所では強制的に流れる音楽があるのでいつでもどこでもというわけにはいかないが、かなりシステムとして優れたものだった。まるでCDプレーヤーのようなインターフェイスで簡単にプログラムすることができ、自分の好きなMDを選曲してゲーム中楽しむことができた。
で、このMDに収録されている音楽がすごかった。基本線はポップスなのだが、三味線をバックにしたアナーキーなものもあれば、ブエノスアイレスあたりで聞こえてきそうな民族音楽風のモノもある。パーシィ・ジョーンズばりのベースが鳴り響く曲もある。こちらも個性的なものばかりなのだ。ゲームをしていて、フィールド上でこのMDをみつけたときはさっそくセットして音楽を変えて楽しんでいた。このセットするときの楽しみなこと!
収録されている音楽がバラエティに富んでいるからこそ、次のディスクを手に入れる楽しみがあるわけだ。
実はこの「moon」は一度サントラ化されている。しかしながら、あっさりと廃盤となってこの世から消えてしまった。収録されているMDが36曲もあるので、再販は難しいと思われていたのだが、今回なんとその全ての曲が収録されたフルアルバムが発売されたのだ。これはですね、快挙ですよ。いや、「moon」の音楽ファンはかなりいるはずで、その人達はのどから手が出まくっていたはずだ。
そんな秋も深まりをみせた2002年秋、「moon」の開発元であるLOVEDELICのホームページでサントラ「THE
SKETCHES OF MOONDAYS」の発売が告知された。もちろん飛びつくようにソッコーで予約だ。同社ホームページによると反響の大きさが語られており、筆者と同じ一日千秋の思いで待ちわびた人が大勢サマいらしゃったと見た。
今回CD化された内容はなんと3枚組、200分以上というボリュームになっている。3枚にはゲームに昼と夜があるように、それぞれ「day
side」、「night side」、「moon
side」に分かれている。MDは全ての版権をクリアした上で、全曲収録。これを快挙と呼ばずしてなんと言おうか!
もちろんそれだけでなく、お城などで流れる音楽もどこか寂しげで聴いていてホッとさせられるしキース・エマーソンっぽいシンセが全編を貫くプログレっぽい曲もあったりする。「moon」は全編快楽の音楽の集まりなのだ。
3枚を通して聴いた印象は、まるで「Trattoria
Sound (CORNELIUSの小山田圭吾氏のレーベル)
」のレコードを聴いているかのような印象であること。各曲はそれぞれ個性的な音色を奏でながらも、通して聴くと違和感なく「moon」という世界を思い描いたかのような作品に仕上がっている。また、もう少し引用させてもらえれば、「クレプスキュール」というヨーロッパのレコードレーベルで発売されていた2枚組のコンピレーション・アルバム「Fruit
Of The Original Sin」にも似た雰囲気だ。そういえば、あちらにもドビュッシーの「月の光」が収録されていたなぁ……とか思い出してみたりして。
サウンドトラックである以上、もちろんゲームを楽しんだ人のためのアルバムだろう。でも、この作品は絶対に聴くべきだ!
と、押し売りというか、宣教師のようなことを書いてしまうほど、素晴らしい作品だ。ポップス好きはぜひとも聴いて欲しいし、音楽を聴いてちょっとでも興味を持ったなら、発売されて5年も経ってしまったが、今から「moon」をプレイするのも、これまた素晴らしいことだろう。
[Text : 船津 稔]
|