【連載第26回】あなたとわたしのPCゲーミングライフ!!


佐藤カフジの「PCゲーミング道場」


Flashはこれからも続くのか、あるいはHTML5か? それとも……?
PC向けブラウザゲームの未来を技術的な側面から大予想する!


色々な意味で業界の「最先端」を走る、PCゲーミングの世界。当連載では、「PCゲームをもっと楽しく!」をコンセプ トに、古今東西のPCゲームシーンを盛り上げてくれるデバイスや各種ソフトウェアに注目。単なる製品の紹介にとどまらず、競合製品との比較や、新たな活用法、果ては改造まで、 様々なアプローチでゲーマーの皆さんに有益な情報をご提供していきたい。



■ ブラウザゲームの流行で変化するPCゲーミングの風景

mixiには100を超えるゲーム関連アプリが並ぶ。ライトなものからわりかしヘビーなものまで、続々登場中

 ブラウザゲームが花盛りだ。クライアントのインストールの必要なし、ブラウザでURLをクリックすればすぐに無料で遊べますという敷居の低さを武器に、これまでゲームに無縁だったユーザー層まで掘り起こして、「PCでゲームをする」ことの定義を根底から変えつつある。

 特にソーシャルネットワークと結びついたブラウザゲームの人気ぶりは凄い。国内最大のソーシャルネットワークであるmixiでは、現在118ものエンターテイメント関連アプリがあり、最も人気のあるブラウザゲームである「サンシャイン牧場」(Rekoo)はおよそ500万人のユーザー数を集めている。Facebook上で1番人気の「Farmville」に至っては、世界で1億人がユーザーになっているというから、従来型のゲームとはケタが違う。

 ブラウザゲームのウリはまさしく「ブラウザで動くという参加障壁の低さ」だが、それに連動してゲーム内容もわかりやすく誰でもプレイできるものが主流だ。例えば上述の「サンシャイン牧場」は、規定のスロットに農作物を植えて水やり、防虫などの手を加えて収穫を目指すゲームだが、操作は至極簡単だ。画面にかじりついてプレイを続ける必要もなく、1日数回程度農場の面倒を見れば充分にプレイできるという「放置ゲー」が可能だ。

 AQインタラクティブの「ブラウザ三国志」も人気のブラウザゲームで、1日数回ログインすればゲームが成立するというのは上記と同じ。しかしこちらは国盗りをテーマとするゲームだけあって、プレーヤー間のインタラクションでゲーム展開が激化するという特性がある。同盟を組んで攻めたり、攻められたり。その渦中にあるプレーヤーはMMORPGのコアプレーヤーばりに常時PC前に張り付き、ハードにゲームをプレイするのだ。



 ・「ブラウザ」というひとつの方向を指す、ふたつのアプローチ

 「安易なゲームもどき」とブラウザゲームを切り捨てているハードコアなゲーマーもいようかと思うが、「ブラウザ三国志」に見られるように、そうバカにしたものではない。簡単に始められてとてつもなく奥が深い、というのがブラウザゲームの理想で(これは全てのゲームに言えることだが)、それはゲーマー、非ゲーマーがそれぞれのレベルで楽しめるものであることを意味するからだ。

 メーカー側にしてみれば、簡単に始められることで大きなユーザーベースを獲得でき、奥が深い事によってユーザーの関心を持続させることができる。特に有料アイテム販売を行なうゲームでは、その「奥が深い部分」が収益源になるから、簡単なだけではダメなのだ。

 「マイミクのあいつより多くの収穫を上げるには?」、「拠点の争奪を巡る戦争で相手を上回るためには?」。ユーザーはそのゲームを研究し、ゲームメカニクス上のツボを理解し、意図的に組み込まれた制限を有料アイテムで緩和したいと考えるだろう。

 そうであれば、メーカーは将来に向けてその「深さ」をさらに強化したいと考えるはずだ。ブラウザがあれば動作するという利点を維持しながらもっとリッチに、新規顧客を惹きつけるための素晴らしい見た目、使いやすいインターフェイス、ユーザー間競争をさらに濃密にさせるための高いインタラクティビティを実現する必要がある。

 一方、PCのネイティブアプリケーションとして動作する従来型のオンラインゲームを提供している事業者も、「ウチのゲームがブラウザで動き、プラットフォームを選ばないようになれば、もっとユーザーを集められるのでは?」と考えているかもしれない。現状ではインストールの手間、すなわちブラウザ上のナビケーションからの断絶という絶対的なディスアドバンテージがある以上、そうした動きは必然と言えるだろう。

 現状のブラウザゲームのさらなるリッチ化、そして従来型ゲームのブラウザゲーム化。PCゲーム業界の将来に向かって、今動きつつある2つのアプローチが存在している。折しも、現在策定が進められているHTML5は、この2つをひとつのものに集約するかもしれない。あるいは多くの凝ったブラウザゲームが利用しているAdobe Flashがその答えなのだろうか?

 本稿では、PCを中心に爆発するブラウザゲームを中心に、技術的な側面からPCゲームの将来像を考えてみたいと思う。



■ そもそもブラウザゲームの技術ってどうなの?

往年の、そして現役でもあるCGIゲーム「箱庭諸島」。徳岡宏樹氏によるコピーレフトソフトで、沢山のサイトでホスティングされている
無数の商用ブラウザゲームに模倣された「トラビアン」。これもCGIゲーム

 ブラウザゲームはオンラインゲームの一形態と考えることができる。技術基盤としてWebブラウザ上の機能利用しているが、構造的にはサーバー・クライアント方式のMMOPRGなどと同じだ。違いは、クライアントが一般的なブラウザ環境で動作することだ。

 技術的には、ブラウザゲームは4種類ばかりに分類できる。(1)トラディショナルなページ更新ベースでゲームが進行するCGIタイプ、(2)DHTML・JavaScriptを用いたAjaxタイプ、(3)Adobe FlashやMicrosoft Silverlightといった標準的プラグイン上で動作するタイプ、(4)独自のブラウザプラグインとして動作するタイプだ。

 ゲームクライアントを動作させる技術に複数の解決策が存在するのがブラウザゲームの特徴と言える。あくまでバックグラウンドの話で、完成したゲームをプレイするユーザーにとってはささいなことだ。しかし、作り手にとっては、それがゲームの動作プラットフォーム、表現のリッチ度、実現可能なゲーム性を規定するため、どの技術をベースにゲームを製作するかは極めて大きな問題になる。いずれの手法も一長一短があり、ベストな解決策は今のところ存在しない。どのような表現をしたいかによって選択されているのが現状なのだ。

 例えば(1)のCGIタイプは、Webアクセスが可能な端末なら、携帯電話を含めてありとあらゆる環境で動作しうる。しかし、出てくるページは静的で、動きがなく、インタラクションはページ更新時に限られる。(2)はもう少しダイナミックな画面を提供できるが、PCと携帯、スマートフォンなど機種タイプ別に違ったバージョンが必要になる。(3)は現在主流の手法で、懲りに凝った画面を作れるし、インタラクションも良質のものを提供できるが、概ねPCが対象になってしまう。(4)はなんでもできるが、Windows、MacといったOSの違いも開発側で吸収する必要がある。つまりネイティブアプリと変わらない。

 続いて、現在のブラウザゲームの技術としてメジャーなAjax、Flash、プラグイン方式の3種について実例を見てみよう。



・JavaScriptでHTMLページを制御するAjax

「ブラウザ三国志」は若干Ajax系の技術を用いているが、CGIゲームのスタイルに近い
「Lord of Ultima」(Electronic Arts)はAjaxで実装された究極のゲームのひとつ

 Ajaxは、PCやスマートフォン、携帯電話のフルブラウザならほぼ全て動作するリッチアプリケーションの実装技術だ。JavaScriptの非同期通信機能「XMLHttpRequest」を使って動的にページの一部を書き換えながら、DHMLの機能を用いてインタラクティビティの高いUIを実現するものである。

 代表的なAjaxアプリケーションとしては、Googleの検索ページに組み込まれている「Googleサジェスト」や「Googleマップ」だろう。ブラウザゲームの世界でも広く使われており、主にリアルタイム性の低い箱庭系のシミュレーションゲームなどで活用されている。

 「ブラウザ三国志」はその一例といえるが、このゲームではAjax的にダイナミックにクライアントサイドで処理されてる要素は限定的。建物の作成や出兵、カード管理といった各種操作は本質的にページの更新により解決されるため、スタイルとしてはトラディショナルなCGIゲームに近い。

 より本格的にAjaxスタイルで構築された箱庭系ゲームとしてはElectronic Artsの「Lord of Ultima」が挙げられる。1990年代の2DRTSを思わせるグラフィックスで、ページの再読み込みを伴わずに全てのゲーム操作や演出が解決されるという内容だ。画面の書き換えや情報の更新をFlash並のレベルに引き上げている。プログラムは恐ろしく複雑で、数万行のJavaScriptで実現されている。そのためプレイ開始時のロード処理に時間がかかる。

 このように、がんばればネイティブアプリケーションのような見た目を実現できるAjaxだが、問題も多い。まず、上述したように非同期通信はXMLHttpRequestで実現されており、これはサーバーへのリクエスト・データの取得という従来のページ更新の亜種のようなもので、本当の意味でのリアルタイム通信はできない。また、ローカルに保存できるデータがクッキーと画像キャッシュくらいのものであるため、操作のたびにサーバーへリクエストが入って、ネイティブアプリケーションに比べて動作がもたつくという現実もある。

 これにより、Ajaxで実現できるゲームのインタラクティビティにはどうしても限りが出てくる。どうこねくり回しても3Dアクションゲームは作れないのだ。しかし、JavaScriptをサポートしたブラウザ、実質的にはほぼ全てのブラウザで確実に動くというメリットは大きい。

「Lord of Ultima」。Ajaxで作られていることが信じられないほどリッチな表現を実現している。ゲーム中にページ更新が一切ないのが凄い

エイプリル・データ・デザインズ「キャラフレ」。Ajaxで作られた恋愛アドベンチャーゲームだ



・ 2Dゲームの標準プラットフォームの座は今後も揺るがず!? Adobe Flash

「サンシャイン牧場」。Flashならではの軽快なインタラクションでゲームを進められる
Adobe技術のエバンジェリスト、Tom Krcha氏のサイトにFlashベースのゲームエンジンがまとめられている

 Adobe Flashは業界標準となったリッチインターネットアプリケーションのためのプラグインだ。動画サイトからゲームポータルまで、Flashで作られたコンポーネントを中核としたサービスを展開しているサイトが無数にある。AppleのiPhoneやiPadに搭載されているiPhone OSでは未サポートという点でもよく知られる存在だ。

 FlashではActionScriptを使ってありとあらゆるアプリケーションを作ることができるが、特に強いのが2Dグラフィックスの処理。もともとベクターグラフィックス処理に長けたプラットフォームであり、Flash 10では様々な2Dエフェクトがビルトインされたほか、簡易的な3Dエフェクトも搭載。簡単に見た目の良いアプリケーションを作れるようになっている。

 ゲームにも相性がいい。非常に整った開発環境でグラフィカルなアプリケーションを作れるため、mixiで大人気の「サンシャイン牧場」をはじめ、無数のブラウザゲームでFlashが採用されている。また、Ajaxでは利用できないソケット通信もサポートしており、本当の意味でリアルタイムの通信が可能。これを活用して「ぼくらのファンタジア」(ヘッドロック)のようなFlashベースのリアルタイム処理のMMOPRGも出現している。

 最新のFlash 10.1では動画再生のハードウェア支援に対応したほか、GPUによるベクターグラフィックスのレンダリング支援にも対応したことが目玉となっているが、今のところ3Dグラフィックスのハードウェアアクセラレーションには対応していない。ロシアのAlternativa Gameの「TankiOnline」のように、ActionScriptで3Dソフトウェアレンダリングを実装して3Dゲームを実現してしまった例もあるが、GPUによる高品質の3Dグラフィックスには遠く及ばないクオリティだ。

 3Dゲームは難しいとしても、現在すでにFlashベースの優れた2Dゲームエンジンがいくつも出現しており、ゲーム開発環境としての整備が進んでいる。物理エンジンもある。おそらく「アラド戦記」(NHN Japan)のようなオンライン2Dアクションゲームなら、Flashで無理なくブラウザゲーム化できるだろう。ただし、Flashはゲームパッドをサポートしていない。インターフェイス上の問題が解決されれば、アクションゲームのブラウザゲーム化が一気に促進される可能性もある。


画像はFlashで実装されたMMORPG、「ぼくらのファンタジア」。mixiアプリではFlashで実装されたブラウザゲームを数多く見ることができる。2Dのオンラインゲームに限っては、ネイティブアプリケーションの様態で提供する必要が完全に無くなってきている

「TankiOnline」。Flashで3Dゲームを実現したという驚きの例だ。グラフィックスはテクスチャマップ、パースペクティブコレクションが実現されている程度で、世代的にはプレイステーション相当。これでも3GHzのPCで60fps弱しか出ない。ActionScriptでレンダラーを実装した技術力には敬意を抱くが、やはり処理系的にまだ荷が重いようだ



・なんでもできるプラグイン方式。有名ゲームエンジンがブラウザゲームを変える?

「Googleマップ」に導入された「Earth」モード。プラグインで実現されている
EA「TIGER WOODS PGA TOUR ONLINE」。Unityエンジンで実装されており、プラグインを通じてブラウザ内で動作する
Unity Technologiesの「Unity web player」。ゲームエンジンのブラウザプラグインだ

 Ajaxで作ればほとんどのブラウザで動き、Flashで作ればFlashをサポートするプラットフォームの全てで動作が期待できる。しかし、Ajaxではあまりリアルタイム性の高いものは作れないし、Flashではリッチな3Dグラフィックスや、ゲームコントローラーに対応できない。そこでプラグイン方式の登場となる。

 プラグインは、Internet Explorerであれば「ActiveX」などと呼ばれるもので、Webアプリケーションの世界では古くから使われてきた手法だ。簡単に言うとブラウザの中でネイティブアプリケーションを動かすための枠組みであるため、プラットフォーム依存はしてしまうが、DirectXだろうがOpenGLだろうが、好きなAPIを好きなように使えるのが最大の強みだ。

 これが意味するところでゲーム的に最大のポイントは、「ブラウザ内で既存のゲームエンジンを動かせる」ということ。ネイティブアプリケーションの世界で培われた膨大なゲームのコードベースをそのまま活用できるのである。既存のゲーム企業にとってこれは大きな強みとなる。

 これを活用した例のひとつが「QuakeLIVE」(id software)で、「Quake III: Arena」のプログラムをほとんどそのままプラグイン方式で動かしている。「Quake III」はもともとWindows、Mac、Linuxに対応したゲームなので、ブラウザ版である「QuakeLIVE」もその3プラットフォームに対応している。そのクオリティはパッケージ版と変わらぬ滑らかさだ。

 プラグイン方式の最大の弱点は、ネイティブアプリケーションのように事前にインストールが必要になることだ。しかし、ブラウザゲームに関して言えば、近年のゲームエンジンの発展により少々事情が変わりつつあるのだ。

 その例のひとつが、ゲームエンジン企業Unity Technologiesが提供しているブラウザプラグイン「Unity web player」。これはUnityエンジンのコンポーネントをブラウザプラグイン化したもので、サイズはたったの3MB。これをひとつ導入すれば、UnityエンジンでWebパブリッシングされたゲームは全て動いてしまう。

 これを利用したゲームの例のひとつが、EAがサービスしている「Tiger Woods PGA TOUR Online」。初めてのプレイでは上述の「Unity web player」のインストールを求められるが、それさえ終わればブラウザ内ですぐにゲームが始まる。当然、GPUを利用したなめらかな3Dグラフィックスだ。

 この「Unity web player」がさらに多くのゲームで使われ、Adobe Flash並に業界標準の地位になったらどうだろうか? Flashよりも、後述するHTML5よりも、当たり前のようにブラウザゲームで使われるようになるかもしれない。なにしろPC、Macネイティブ版、iPhone/iPad版、ついでにPS3/Xbox 360版も同時に作れるというゲーム専門のエンジンなのだ。ブラウザゲームの未来はこのようなゲームエンジンプラグインにあるのかもしれない。

「Quake LIVE」。プラグイン形式で、ネイティブ版のゲームと全く同様のものがブラウザ上でプレイできる

「Tiger Woods PGA TOUR Online」はUnityエンジンを利用しており、「Unity web player」プラグイン上で動作する。多数のゲームで使われるゲームエンジンは、3DゲームにおけるAdobe Flashのような存在になるのかもしれない



■ 「Quake II」が動くHTML5、新技術でブラウザゲームは変わるのか?

http://www.kevs3d.co.uk/dev/asteroids/で公開されているHTML5 canvas要素+JavaScriptによるゲームのデモ
HTML5 Canvasのまとめサイトhttp://www.canvasdemos.com/では、canvasで作られた世界中の実験作が収集されている

 混沌化するブラウザゲームの開発環境だが、今後、劇的に変化する可能性がある。次世代のWeb標準となるべく策定が進められているHTML5。今年10月には仕様が固まり、各ブラウザに標準実装されてブラウザゲームの世界を変えるであろう存在だ。

 現時点では名前ばかりが先行しているHTML5だが、そのメインとなる狙いはHTMLをドキュメント・プラットフォームからアプリケーション・プラットフォームにするということだ。その基盤となる技術としてvideo要素(タグ)、audio要素、canvas要素、Web WorkersやWeb Storageといった新機能、それらのためのJavaScriptの拡張などが実現されることになっている。

 ゲーム的に特に重要になってくるのはcanvas要素だ。これはJavaScirptで自由に制御できる文字通りの「キャンバス」をページ上に配置するタグで、いわばDirectXにおける描画サーフェイスのような存在となる。これを使えば、JavaScriptでイメージを貼りつけたり、線を描いたり、面を塗りつぶすことが標準でできる。

 問題はどうやって3Dグラフィックスを描画するかだ。現在のところHTML5標準の3D APIとして「WebGL」が準備されている。WebGLはOpen GL 2.0/OpenGL ES 2.0が動作するプラットフォームをサポートするAPIで、JavaScriptからOpenGL ES相当の機能を呼び出し、canvas要素に3Dグラフィックスを描画するもの。OpenGLなので当然GPUのサポートが得られるし、シェーダーグラフィックスも描画できる。canvasタグ向けの3D APIとしてはGoogleが開発する「O3D」というものもあるが、こちらはJavaScript用の1ライブラリの地位にとどまる見込みだ。

 このWebGLによるグラフィックス描画と、HTML5 Audioでのサウンド再生、そしてHTML5でついにサポートされたソケット通信機構WebSocketを使えば、原理上はネイティブの3Dアプリケーションと同じものをブラウザ上で、しかも全てのブラウザが標準実装するべき仕様内で実現できるのである。

 そうなれば、ひとつのゲームで全てのプラットフォームをカバーできるという、メーカーにとって大きなメリットが生まれる。だが、本当にそううまくいくのだろうか?

Googleのサイト上で公開されている3D API「O3D」のデモ(http://code.google.com/intl/ja-JP/apis/o3d/docs/samplesdirectory.html)。GPUを使ったグラフィックス描画機能がブラウザ上で動作する



・ 「HTML5で3Dゲーム」、第1の関門はパフォーマンスにあり?

「Quake II」をHTML5+WebGLに移植したプロジェクトページ(http://code.google.com/p/quake2-gwt-port/)

 その点で興味深いトピックがある。新しいWeb技術の鉱脈を掘り続けているGoogleの技術者達は、去る4月、id softwareの「Quake II」をブラウザに移植するという実験をやってのけた。

 これは前述したHTML5のcanvasとaudio要素を出力として用いたもので、プログラムはJavaScriptで動作する。canvas上の3DグラフィックスはWebGLで描画し、WebSocketによるUDP通信でオンラインマルチプレーヤーゲームにも対応。つまりHTML5の標準機能だけを使って、「Quake II」の機能を完全に再現したわけだ。

 「quake2-gwt-port」と名付けられたこのプロジェクトの技術情報およびソースコードはGoogleのサイト(http://code.google.com/p/quake2-gwt-port/)から入手できるが、ゲーマーの皆さんならYouTubeに上がっている動画をご覧になった方が速く理解できるだろう。

 現代的なPCなら「Quake II」程度のゲームは1,000fpsくらいで動作しそうなものだが、動画の解説によると「最大で60fps」とのこと。見る限り引っ掛かりも多く、30fpsも出ていないシーンが多そうだ。

 問題は、プログラムがJavaScriptで書かれていることにありそうである。グラフィックスの描画はWebGLがハードウェアアクセラレーションを用いるのでボトルネックには成り得ない。しかしJavaScriptは本来的にインタプリタ言語で、最近の主要なブラウザではJIT(ジャストインタイム)コンパイラが実装されているが、それでも原理的にネイティブコードよりも何十倍も遅い。中間言語からJITコンパイルするJavaや、マイクロソフトXNAプラットフォームのC#よりも遅いだろう。

 「Quake II」では、AI処理、キャラクターアニメーション、3Dシーンのセットアップといった3Dゲームで必須の複雑な処理が存在するが、そのすべてをJavaScriptで処理するとなれば、こうなるのも無理からぬことだろうか。おそらく、HTML5における3Dゲームの第1の関門はパフォーマンス問題になりそうである。

 第2の関門としては、WebGL+JavaScriptベースの3Dゲームエンジンに蓄積がまだないという点になるだろう。近年のゲーム産業は優れたミドルウェアが多数利用できることによって底上げされている側面があり、従来のソフトウェア資産が使えないHTML5環境に適応し、本格的なゲームがリリースできるようになるまでには相当の時間がかかると考えられる。

 例えば、PhysXやHAVOKのような物理エンジンをJavaScriptで記述するのはパフォーマンス的に無理があるため、ミドルウェアの多くはWebGLと同じくJavaScriptから利用できるバイナリ形態のライブラリになる必要があるだろう。そうなるとプラットフォーム依存の環境になるわけで……。HTML5が標準化しても当分の間は3Dゲームでの利用は限定的にならざるを得ず、現在と同じネイティブアプリケーションとの住み分けが続くのかもしれない。

HTML5に移植された「Quake II」の映像。ネイティブバージョンと同等のグラフィックスとインタラクションが実現されている。フレームレートは、この水準のゲームとしては相当厳しそうではある。今後ブラウザの改良やゲーム側の改良でどこまで改善できるか、そこにHTML5と3Dゲームの未来がかかってきそうだ



■ ライトなゲームはHTML5、ヘビーなゲームはプラグイン、その中間をFlashで埋めると言う構図

 本格的な3Dゲームではパフォーマンス的に問題を抱えそうなHTML5であるが、すでに現状で旧来のAjaxを完全に置き換えて、遥かにリッチな表現を実現するというポテンシャルは確実に有している。canvasタグをはじめとする様々な標準機能が追加されたことで、従来のAjaxのように「裏技的」なプログラミングは必要なくなるし、ブラウザゲーム開発はぐっと生産性が高いものになるだろう。

 その一方で、従来型のネイティブアプリケーションの形態を取るダウンロードタイプの3Dゲームは、どのようにブラウザゲーム化していくだろうか。総合的に考えて、筆者はプラグイン化していく方向が最も合理的で、ありそうな道筋だと予想する。

 すでにご説明した通り、プラグイン形式であれば従来型のソフトウェア資産をそのまま生かせるし、プラットフォーム依存が気になるのであれば、Unityエンジンのような、マルチプラットフォーム対応の3Dゲームエンジンを使うという選択肢がある。機種の違いはエンジンが吸収してくれて、開発者はゲームそのものに集中すれば、ブラウザで動作するゲームが作れるわけである。

 さらに、ブラウザプラグインとしてデファクトスタンダード的なゲームエンジンが成立すれば、それはAdobe Flashのように、当たり前に導入されるべきものになるだろう。そうなれば、ゲーム開発者が気を付けるべきは対象プラットフォームの処理能力だけである。従来と同じ、普及型のPCで軽々と動くゲームを作ればこれまで以上のユーザーベースを期待できる。

 その中間にある2Dゲームは、Adobe Flash上で既にいくつものゲームエンジンが登場していることもあり、こちらはFlashを中心にブラウザゲームの主流を構成することになりそうだ。現在、Android携帯などFlashが動作するスマートフォンが続々デビューしているため、PCの画面解像度を前提としたものよりも、スマートフォン向けの最適化が施されたコンテンツが数を増やすかもしれない。

 そのFlashの問題点としては、前述したようにゲームコントローラーに未対応であることが挙げられる。現在のところは「JoyToKey」のようなエミュレーションツールを使ってこじつけ的にゲームパッドを利用するしかないが、Flashでのゲーム利用がさらに増えていけば、Adobe側としても対応を考えるはずである。

 現に、PCのローカルデバイスへのアクセスはFlashがHTMLに対してアドバンテージを持つ最大のポイントのひとつで、現在はローカルストレージへのアクセスやウェブカメラのアクセスが大きな差別化要因となっている。あるいは、よりゲーム向けに特化した新たな標準的なプラグインが別途、登場してくるというシナリオもありそうだ。

 こういったブラウザの標準競争にも巻き込まれつつ、最先端の技術実験場としてPCプラットフォームは日進月歩の進化を遂げている。PCゲームファンのひとりとしては、その流れを楽しみつつ、ゲームそのものの進化を待ち望みたいところだ。



(2010年 5月 28日)

[Reported by 佐藤カフジ ]