西川善司の3Dゲームファンのためのグラフィックス講座・E3特別編その2

NAUGHTY DOGの新グラフィックスエンジンは「アンチャーテッド3」を超えるのか


6月5日~7日開催(現地時間)

会場:Los Angeles Convention Center


 NAUGHTY DOGは、今やPS3プラットフォームにおいて、最も高い技術力を発揮しているスタジオの1つだ。

 今年のE3のSCEのプレスカンファレンスにおいてラストを飾り、さらに最も大きな拍手喝采を浴びたのが、この「THE LAST OF US」(TLOU)だった。

 「E3特別編その2」では、注目のタイトル、「TLOU」を取り上げることにした。




■ SSAOを使わないContact Shadowの表現

 まずは、こちらの映像をご覧頂こう。これはPS3上で動作する「TLOU」のゲームプレイシーケンスの一部を記録した物で、全てリアルタイムレンダリングによるものだ。中年のやたら強い男性キャラクター、廃墟を彷徨う様子は「アンチャーテッド」シリーズを連想させるが、「TLOU」は、「アンチャーテッド」シリーズとは全く無関係な新シリーズとなる。

【トレーラー】

【スクリーンショット】

 「TLOU」のグラフィックスエンジンは、「アンチャーテッド」シリーズのものよりも、世代が新しく、6年前に実験的に開発したライティングシステムをギチギチにCELLプロセッサ(のSPU向け)に最適化して実装したと説明されている。

 内容的にかなりショッキングな映像なので、そちらにばかり目が行きがちだが、グラフィックス的な見どころはソフトシャドウ技術と大局照明技術にある。

 ソフトシャドウは、デプスシャドウ技法をベースとした平行光源からのリアルタイム動的影生成に対してPCFを適用して柔らかくぼかす定番テクニックによるものはもちろん使われているが、それだけでなく「Contact Shadow」と呼ばれる影までもが生成されるところが新しい。

 Contact Shadowは、動的キャラクタ達が、背景物に近づいたときに背景側に投射される柔らかい影のことで、影の投射元は、その空間に充満している環境光になる。そう、耳慣れた言葉で言えば「Ambient Occlusion」のことだ。


Naughty Dogの技術部門のトップCHRISTOPHE BALESTRA氏(役職的にはco-president)

 Naughty Dogの技術部門のトップCHRISTOPHE BALESTRA氏(役職的にはco-presidentだが)に話を伺ったところでは、これは彼らが得意としてきたScreen Space Ambient Occlusion(SSAO)ではないのだという。というか、「TLOU」では、SSAOは使われていないというのだ。

 「アンチャーテッド」シリーズでは、SSAO特有の動的キャラクターの輪郭付近でSSAOによる“陰”が消えるというアーティファクトが頻発していたが、「TLOU」ではそうした事が起こらない。

 「TLOU」では、動的キャラクタを包み込むようなカプセル状の不可視なジオメトリが存在し、その各頂点がどういった方向に遮蔽をもたらすのかを事前にデータ化しておき、これが背景物にどう交差するかを求めて陰色を付ける……といったアプローチになっている。

 これは丁度、本連載の「『Infamous2』編」で紹介した「AO Fields」の考え方を、発展させたものだ。


「Infamous2」に採用された「AO Fields」とよく似た実装方式だ

Contact Shadow表現

 「Infamous2」では、「動きはするが変形しないオブジェクト」に対してのみこの手法を採用していたが、「TLOU」では、その「動きはするが変形しないオブジェクト」を複数ジョイントさせた集合体として取り扱い、模擬的に「変形するオブジェクト」に対応させたわけだ。

 このContact Shadowは2人の主人公が、空調設備の陰に隠れるときにわかりやすい。直接光からの影と環境光からの陰が両方出ている点に注目だ。




■ 「TLOU」における大局照明技術

 もう1つは、リアルタイム大局照明(GI:Global Illumination)技術の部分だ。

 シーンには、球面調和関数(Spherical Harmincs:SH)を用いて表現された全方位の環境光分布が各地点ごとに仕込まれており、動的キャラクタはこれをもちいた環境光のライティングが行なわれる。これはSHライティングとも呼ばれる手法で、最近では一般的な手法となっている。


リュックの色の変化に着目赤茶色い壁からの反射光でリュックに赤茶色が乗っている

 そしてなによりの工夫はユニークは、ライトマップの実装形態にある。

 「TLOU」に採用されているライトマップテクスチャのほとんどは、そのシーンで最も支配的な環境光からのライティング結果と、その方向ベクトルが記録されており、ランタイムにおけるシェーディングは、直接光のライティング結果と、この情報に配慮した形で行う。

 これにより、だいぶ簡略化した形にはなるが、環境光による鏡面反射の効果が出るようになる。法線マップなどのライティング結果も、異方性のようなハイライトを出すようになる。

 これは静止画ではわかりにくく、動画になって初めてその効果がよくわかる。

 「TLOU」の多くのマテリアル表現にその効果が現われているが、もっともわかりやすいのは、後半の「木製家具」などにあらわれている鈍いハイライトだ。木材は拡散反射の効果の方が支配的なので、従来方式の直接光だけのライティング結果だけでは、視点が変わっても見た目がほとんど変わらないのだ。しかし、「TLOU」では、視点が変わると、ここにハイライトの出方が変わる。これこそが、このテクニックによる効果だ。


木製テーブルのハイライトの出方に注目

 この発想は、コナミの「メタルギアソリッド4」に採用された「分離プリライティング」にとても近い。なお、分離プリライティングの詳細は、本連載の「『メタルギアソリッド4』編」の方を参照してほしい。

 「メタルギアソリッド4」の分離プリライティングでは、3方向に集約・近似化した環境光によるライティング結果を頂点単位に焼き込んでいたが、「TLOU」の手法は方向数を削減するかわりに焼き込み解像度を向上させたようなイメージだ。

 今回、解説をうけたのはここまでだが、他にも「TLOU」には隠されたテクニックがあるように思える。今後の情報開示にも期待したい。


「メタルギアソリッド4」に採用された「分離プリライティング」テクニック

(2012年 6月 8日)

[Reported by トライゼット西川善司]