PS4ゲームレビュー

Everybody's Gone to the Rapture -幸福な消失-

世界の終わり。人々はなぜ姿を消したのか?
ゲームでしかできないストーリーテリング

ジャンル:
  • アドベンチャー
発売元:
開発元:
  • The Chinese Room
プラットフォーム:
  • PS4
価格:
2,000円(税別)
発売日:
2015年8月11日
プレイ人数:
1人
レーティング:
CERO:B(12歳以上対象)

 「Everybody's Gone to the Rapture -幸福な消失-(以下、「Everybody's Gone to the Rapture」)」は、非常に奇妙なゲームだ。プレーヤーができるのは地面を歩き、ドアを開けるくらい。空中を浮遊する光を追って、イギリスの田舎町「ヨートン」をさまようのだ。

 ヨートンには誰もいない。プレーヤーキャラクター自身の姿も見えない。プレーヤーの心を満たしていくのは絶望的な孤独感と、そして大きな謎である。美しい田舎町に何が起きたのか? ……本作はインディゲームらしい、奇妙で、そして味わい深いゲームである。興味を持った人は、ぜひ本作をプレイし、独特のストーリーテリングを体験して欲しい。

【「Everybody's Gone to the Rapture -幸福な消失-」 PV「みんな消失した」】

光が語る人々の記憶……この世界に何があったのか?

美しいイギリスの田舎町「ヨートン」が物語の舞台となる
プレーヤーは光に導かれ、ヨートンを探索していく
特定の光では、コントローラーをダイヤルのように回転させる。角度が合い、“チューニング”ができると人々の記憶が蘇る

 「Everybody's Gone to the Rapture」のゲームジャンルはアドベンチャーだ。物語の舞台は1984年のイギリスの田舎町ヨートンとなる。ゲームは「ケイト」こと、キャサリン・コリンズ博士の独白から始まる。ケイトはつぶやく、「何もかも終わり、残されたのは私だけ」。そしてプレーヤーは世界に放り出される。

 プレーヤーができるのは左スティックで移動、右スティックで視点移動だ。○ボタンでドアを開けたり、ラジオのスイッチを入れたりできる。本作の基本的な操作はこれだけだ。プレーヤーキャラクターはジャンプもできないし、ゲーム内では手に入れるアイテムもない。プレーヤーは広大なヨートンを歩き回るだけだ。

 ゲームを始めて感じるのは、絶望的な孤独感だ。ヨートンは静かで美しい田舎町であり、イギリス風の家屋が建ち並び、緑は豊かだ。麦畑の向こうには大きな風車があって、街の中央には小川が流れており、小さな公園もある。探索していて心が安まる風景が広がっているのだが……誰もいないのである。

 延々歩き回っても、誰1人いない。そして自分の姿も見えない。本作は一人称視点なのだが、FPSでおなじみの自分の影が画面に映ったり、手足が見える描写がない。自分は一体何なのか、という疑問もわき上がってくる。誰もいない世界を、自分の姿すら確認できない状態で旅をするというのは、心が不安で塗りつぶされていくような感覚だ。

 そして、探索を進めているとプレーヤーの前に“光”が現われる。この光はプレーヤーを導くように、あるときは惑わすように動く。この光を追いかけていくと、プレーヤーの前にさらなる光が現われてくる。その光はヨートンの人々の“記憶”である。消えてしまったヨートンの人々が、何を考え、どんな事態に直面していたのか、この静かな街に何が起こったのかが見えてくるのだ。

 ヨートンの人々の記憶を語る光は、ぼんやりと人の形を形成し、その時の「会話」を再生する。普段の生活の1風景、緊急事態のパニックの会話、最近街に起こりつつある奇妙な事態、何らかの研究をしている人たちの相談……与えられる情報はきわめて断片的で、しかも時系列はばらばらだ。プレーヤーは自分の中でその情報をまとめ、整理し、何が起きたかを考えていくこととなるのである。

【Everybody's Gone to the Rapture】
美しいイギリスの田舎町「ヨートン」。プレーヤーはこの街をさまよい、記憶の痕跡を探していく
蘇る人々の記憶。それぞれの記憶は、状況も時系列もばらばらだ

無人となった美しい街をさまよいながら組み立てていく「終末の物語」

ラジオからはケイトの記録が語られる。彼女は何を研究しているのだろうか
街の時計は、すべて6時7分で止まっている。探索していくことで謎はさらに深まる
美しい星空。ここでは時間すら正常に流れない

 ゲームを進めていくと、様々な情報が浮かび上がってくる。隔離された状況、そこかしこで死んでいる鳥、行方不明になっていく人々、不安を抱えていく街の住人達……記憶の痕跡から街に住む人々の背景も浮かび上がってくる。

 情報は光の記憶だけではない。電話や無線、ラジオといったものでも得られる。ラジオや電話のある場所では、呼び出し音や作動音がしてプレーヤーに注意を促す。ラジオではケイトの研究記録が、無線や電話では誰かの通話、通信の様子を聞くことができる。これらもきわめて断片的であり、時系列もばらばらだ。鍵を握るのはケイトと、協力して研究を行なっていたスティーブンだ。彼らは何をしていたのだろうか?

 ヨートンでは家の中に入ることもできる。多くの家は人がいた痕跡がある。洗濯物は干したままで、灰皿に置いてあるたばこはまだ煙が出ている。まるで今さっきまで人がいたような感じだ。この事象は海上を無人のまま航海していた「マリー・セレスト号」の事件を思い出させる。ひょっとしてプレーヤーの目にだけ人間が見えないんだろうか? とも思ってしまう。プレーヤーは色々な仮説を考えながら、ゲームを進めていくことになるだろう。

 “時間”も本作では非常に奇妙だ。光の記憶を探していく中で、ヨートンの時間は変化していく。プレーヤーが空を見上げている中で、カメラの早回しのように時間が経過し、太陽がものすごい速さで昇って沈んだりするのだ。さっきまで昼だったのに、天の川がきらめく夜空になったりする。目の前に広がるのは美しく、リアルな風景なだけに現実感が大きく揺らいでいく。

 「Everybody's Gone to the Rapture」は、短編のSF小説のように、非常に奇妙な手法で物語を表現していく作品だ。誰もいない静かな田舎町、そこかしこで蘇る人々の記憶の痕跡、そして生まれてくる真実。「ヨートンで、何が起こったか」。本作の物語の手法は、映画でも、小説でもできない。プレーヤー自身が、ヨートンを歩き、光を追い、反応するものを探して情報を集め、自分の頭の中で物語を形作っていくのだ。この奇妙で刺激的なストーリーテリングは、インタラクティブな「ゲーム」だからこそできる手法だろう。

 本作はオリジナルの英語音声だけでなく、吹き替えの日本語音声を収録しているところを評価したい。日本語音声の声優達の熱演は、この奇妙なゲームの雰囲気作りにとても貢献してくれたと思う。字幕にも対応しているため幅広いユーザーのニーズに対応しているところもいい。こういったインディーゲームをフルローカライズで楽しめたことに感謝したい。

 繰り返すが、「Everybody's Gone to the Rapture」はとても奇妙なゲームだ。ゲーム性は特殊だし、コンテンツボリュームもそれほど多くはない。しかし、本作の雰囲気を気に入った人、ゲームやストーリーテリングの“手法”に興味を持つ人にはぜひチェックしてもらいたい作品だ。

【Everybody's Gone to the Rapture】
情報はどれも断片的だ。プレーヤー自身が物語を組み立てていくこととなる
リアルなグラフィックスは、“現実の世界”の美しさを改めてプレーヤーに認識させる。だからこそ徐々に明らかになる「終末の物語」が恐ろしいものとなっているのだ
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(勝田哲也)