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【GDC 2014】「シェンムー 一章 横須賀」の制作過程を鈴木裕氏が振り返る

ゲーム史随一の大きすぎる構想と新たな挑戦。「シェンムー」とはなんだったのか?

3月17日~3月21日 開催(現地時間)

会場:San Francisco Moscone Convention Center

 時を遡ること15年前、セガより「シェンムー 一章 横須賀」が発売された。70億円という莫大な開発費がかかり、11章立てと言われたシリーズは2作目以降の発表がないなどビジネス的には失敗したタイトルであるが、現在で言うオープンワールドの概念をいち早く確立し、その後のゲームタイトルにも大きな影響を与えている。

 GDC 2014では、セガで「シェンムー 一章 横須賀」を制作した現YS NET代表取締役社長の鈴木裕氏が登壇し、古典ゲームを振り返る「Classic Game Postmortem」で「シェンムー 一章 横須賀」の制作過程を話していった。

90年代RPGへの不満点から発想した「バーチャファイターRPG:晶の章」

現YS NET代表取締役社長の鈴木裕氏
90年初期のRPGには、不満点もすぐに出てきたという
最初に構想したプロトタイプ版。「シェンムー」の基礎の基礎といった感じ

 鈴木氏は、1983年から1994年まで「アフターバーナー」や「バーチャファイター」などを開発した。当時のアーケードはプレイ時間の基準を3分として制作していたが、時間制限のないタイトルを制作したいと思い、コンシューマー機用タイトルの制作に乗り出した。

 鈴木氏がまず行なったのは、1990年初期のRPGタイトルの研究。しかしすぐに「不満が出てきた」そうで、例えばキャラクターが壁にぶつかっても歩くアニメーションが継続されていたり、NPCに対して正面を向かないと話しかけられなかったり、違和感を感じていたのだという。

 そこで鈴木氏がセガサターンを想定したゲームのプロトタイプは、三人称視点のカメラがキャラクターをフォローアップし、プレーヤーは歩いたり、走ったり、会話をしたりと自由な行動ができるというもの。イベントにも「シネマティック」という言葉が登場している。

 その後コンセプトとして固まったのは、「バーチャファイターRPG:晶の章」というもの。タイトル通り「バーチャファイター」の結城晶を主人公としたゲームで、フル3DでフルサイズのRPG、演出も映画とゲームの融合を目指してフルボイスで展開する。「バーチャファイター」のエンジンを使用したキャラクターモーション、そして複数キャラクターとの同時バトルができるという方針を持っており、「シェンムー」にそのまま繋がる構想となっている。

 「バーチャファイターRPG:晶の章」では中国拳法を扱うということで、鈴木氏は八極拳の老師や少林寺の老師を訪ねるため中国に取材旅行をしている。特に少林寺の老師は泥酔していてほぼ酔拳状態だったそうだが、そのような地元で見聞きした強烈な文化が世界観やストーリー作りに大きく影響を与えているという。

 鈴木氏はメインシナリオを書き、オーケストラに楽曲を発注してその曲をシナリオライターに聞かせてサブシナリオを作っていった。またチームはゲーム開発スタッフだけでなく、映画との融合を目指したために映画監督や脚本家なども加え、毎週合宿を行なったという。

 シナリオは合計11章にも及んだが、その世界をチームで共有するために章ごとのコンセプトアートや「バーチャファイター」時よりも若い16歳の結城晶のキャラクターデザイン、また小説も作られた。

 しかしそんな折、セガサターンの次世代機「ドリームキャスト」が作られるということで、プラットフォームを変更することとなる。タイトルも見直され、「シェンムー 一章 横須賀」の名前がここで登場する。当初は11章分を上下巻で発売する予定だったそうだが、オープンワールド部分の制作が予想を超えたためにドリームキャストのブランニュータイトルとして章ごとの販売に切り替えたのだという。

「バーチャファイターRPG:晶の章」時代にシナリオが11章であることが決まる。チャプターごとのコンセプトアートは初公開になるという

オープンワールドにQTE! 新アイデアが詰まった「シェンムー 一章 横須賀」

ドリームキャストへのプラットフォーム変更に合わせて、タイトルも「シェンムー 一章 横須賀」に変更
3つのキーワードと、やりたいことが詰まった4つの基礎要素

 「シェンムー 一章 横須賀」として生まれ変わったタイトルは、企画の根幹も見直された。新たなゲームのキーワードは、「ゆったり、たっぷり、しっとり」。ゲームの主要な要素しては、「オープンワールド」、「シネマティック」、「QTE(Quick Time Event)」、「フリーバトル」の4つが打ち出された。

 「オープンワールド」は今でこそ普及したゲームシステムだが、広大な街を自由に歩き回り、ミニゲームやサブストーリー、サブクエストを楽しむというもの。「シェンムー」では通行人などのNPCとも会話が可能となっていて、好きなだけいても飽きない空間を目指したという。

 「シネマティック」では、映画のような感情移入を高めたいということでムービーシーンをふんだんに使っている。ゲームとムービーシーンのクオリティの落差をなくし、違和感のない切り替えを行なっている。

 「QTE」は、ゲームプレイと映画の融合を目指して組み込まれたシステム。最新タイトルでもしばしば使われるシステムだが、「シェンムー」ではアクションが苦手な人でも楽しめることを前提に考えられており、失敗した回数に応じて難易度が自動調整されるようになっていた。

 そして「フリーバトル」では、「バーチャファイター」で1対1だった格闘を、1対複数で実現したかったそうだ。ムービーシーンやQTEシーンとの繋がりをシームレスにして、質を上げることを目指したという。

 ただ当時、この分量のデータの圧縮技術ではドリームキャストの光ディスク(GD-ROM)50~60枚分になってしまうため、環境や九龍城の部屋、天候を自動生成すること、NPCの行動をスクリプトとAIの組み合わせで実装したこと、キャラクターのアニメーションは同じ骨格なら共通のものにすることなど、3枚組でなんとか収まるようにデータ量を減らすことに苦心したという。

 こうして制作が進んでいった「シェンムー」は、プロジェクトの最後にはスタッフが300人を超えていたという。鈴木氏が「今考えると恐ろしい」と話したのはスタッフの管理で、まともなツールのない当時はエクセルを管理シートとして使用しており、とにかくその効率が悪かったとした。

 オープンワールドやQTEなど、本作では新しい試みが数多く見られ、今でもその挑戦と功績が讃えられている。会場からは「『シェンムー3』は作りませんか?」というストレートな質問が飛び、鈴木氏は「機会があったらぜひやりたい」と言うに留まったが、密かに待ち望んでいるゲームファンは少なくないように思う。ぜひ鈴木氏には、業界を再度沸かせるようなビッグニュースの提供を期待したい。

4つの要素は、どれも後のタイトルで活かされている。最近ではやや飽きられ気味のQTEだが、「誰でも楽しめるように」という意味があったのだという
データ量を減らす自動生成システムについて。テクスチャーだけでなく、部屋の内装や天候も自動生成というのには驚き。なお天候は横須賀市における1986年から3年分の実際のデータが入っている
NPCはスケジュール通りの行動をするほか、同じ骨格ならアニメーションを共有している。そのため、コンビニで意図しない大混雑が起きたり、巨漢の男性がモンロー・ウォークをしてしまうなどの事故も発生したそうだ
コカ・コーラとのタイアップなど、大作ならではの手法も先取りしていた
開発スタッフはどんどん膨らんでいき、管理が大変だったという。むしろ、よく発売までこぎつけたなと思う

(安田俊亮)