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【新春特別企画】中国ゲームマーケットレポート(カシュガル編)
正月に新疆ウイグル自治区を歩く。中国最果ての地にゲーム屋はあるのか!?
(2013/1/15 00:00)
GAME Watchでは、アジア地域を中心に、現地調査によるゲームマーケットレポートを掲載している。ゲームメディアとしては、メーカー発の最新情報も重要だが、マーケット発、ユーザー発の情報もそれと同等に重要だと思うからだ。これまでの海外マーケット調査で、人々のゲーム好きは国や地域を問わず人類共通の傾向であることが確認できたが、海外、とりわけアジアでは、その嗜好や遊び方は国によって大きく異なることが見えてきた。これだけゲームの多様化、ボーダーレス化、モバイル化が進んだ昨今、ゲーム産業が未だ発展途上のエマージングマーケットをリサーチすることは、今後のゲーム市場を占う上で非常に重要な試みだと考えている。
そこで今回は、新春特別企画と称して、ゲームファンの皆さんがおせちをつつきながらTVを見たり、こたつで丸くなりながらゲームを楽しんでいる正月休みの最中に、中国の西部に広がる新疆ウイグル自治区の首都であるウルムチ(烏魯木斉)と、そこからさらに1,500km西に位置する中国西端のオアシス都市カシュガルのゲームマーケットを覗いてみた。マイナス10度を下回る極寒の中で市場を見て回り、ウルムチのバザールではiPhone5を盗まれるというトラブルにも遭遇しながら取ってきたネタをお楽しみいただければ幸いである。本稿では、まずはカシュガル編をお届けしたい。
中国でありながらイスラム圏のカシュガルは、世情を反映して入境するだけで一苦労
「なぜカシュガルなのか?」と問われると確たる答えはないのだが、これまでの中国取材で経済発展を続けている上海や広州、深セン、香港といった沿岸部は一通り見ることができたので、そろそろ内陸部を見てみたいと思ったのだ。そしてどうせ行くならということで、北西部に広がる新疆ウイグル自治区、しかもその西端のカシュガルや、「世界でもっとも海から離れた都市」と言われるウルムチまで行ったらおもしろいだろうと。
もうひとつ頭の片隅にあったのは、中国におけるゲームマーケットの伝説のひとつに「タリバンやアルカイダがシルクロードを利用してヨーロッパからゲームソフトを中国に運んで、それを売りさばいて軍資金の足しにしている」というものがあり、それを自分の目で確かめてみたいと思ったのだ。もちろん、極めて眉唾な話なのはわかっているが、通信環境が貧弱な中国の地方都市では、ソフトウェアの物理流通はまだまだ有効な流通手段として機能している。もし、この現代に、デジタルエンターテインメントの分野でシルクロードが機能していることをこの目で見てレポートできれば、それはゲーム記者冥利に尽きるなと思ったのだ。
前置きはこれぐらいにしてさっそくカシュガルのゲームマーケットの話に移りたい。今回、カシュガルに行くにあたって、スケジュールやフライトの空き状況の都合から、杭州から入り、西安、ウルムチを経由してカシュガルに入った。
新疆ウイグル自治区は、チベット自治区のように外国人の入境を禁じてはいないものの、新疆ウイグル自治区の主要民族であるウイグル族と、中国全土を支配する漢民族との対立を反映して、空港はかなり警備厳重で、身体検査、手荷物検査共ウンザリするほど厳しかった。
荷物検査手前のパスポートチェックエリアでは、両足を包み込むような形状の台があり、靴のまま乗り、それを向かいの検査官がチェックし、問題がなければ初めてパスポートのチェックを受けることができる。その先の身体検査は、正面、背中、両手、両足に加えて、両足の裏まで検査された。
手荷物はサイズの制限に加えて、厳しい重量制限もあり、5kg以上の荷物はすべて預けなければならない。にも関わらず、バッテリーや電池を含んだIT機器や電子機器は“爆発の恐れがある”ため預け荷物に入れることはできない。このルールを厳密に適用すると、5kg以上の電子機器を持った旅行客は、飛行機に乗れないということになりそうだが、その手のトラブルで困っている人は自分以外には見かけなかった。つまり、日本や欧米に多い、IT機器をたっぷり抱えたビジネス客はまだまだ少ないと言うことだろう。
今回筆者は、トランジットが多いため、荷物の紛失や到着遅れを防ぐために、手荷物で運べるサイズと重量に荷物を押さえていたのだが、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチの空港では荷物に関するレギュレーションが他の中国都市とは異なることを知らされ、えらい目に遭った。まず受付で手荷物が5kgを超えるため預けるように言われ、仕方ないのでバックパックを丸ごと預けたら今度は中身に問題があると言われ、結局、IT機器や電子機器をすべて取り出して衣類だけを預けることになった。
次に、バックパックから取り出した電子機器を、小さいリュックにめいっぱい詰め込んで手荷物検査を受けたところ、PCやタブレットはしっかり外に出して検査を受けたにも関わらずやっぱり引っかかり、4度も5度もX線検査を受けるハメになってしまった。引っかかったのは、カギ束、シェーバー、オペラグラス、携帯電話、携帯用充電器、WiFiルーター(日本国内用)、予備のコンパクトデジカメ、デジカメの充電器、使い捨てカイロなど。オペラグラスは、実際に使ってみてその性能を確かめる念の入れようで、本と防寒具以外は全部外に出して検査するぐらいの勢い。あまりの厳しさに飛行機に乗り遅れるのではないかと思ったほどだ。
そんなこんなで丸1日以上かけてたどり着いたカシュガルは、完全にイスラム圏と言っても過言ではないほどイスラム教の影響の強い街で、街の至る所にモスクや墓地があり、ムスリムのウイグル族で溢れていた。看板も漢語に加えてウイグル語が必ず併記されている。ここではさすがの漢民族も少数派で、よく聞く小話として、漢民族が相手だと、店で注文してもなかなか出て来なかったり、待たされたりなどの意地悪をされるという。
ただ、街には漢民族の資本が大量に流れてきており、大通りは多くのクルマが行き交い、中国の大都市と変わらない。また、街の至る所で高層マンションの建設が進んでいる。建物名には上海、広州、深センなどと都市名が付けられているのが特徴で、政府の指導で“富める都市”によるカシュガルの都市化が急ピッチで進められている。その裏通りには、中東風の土塀やレンガ作りの味わい深い質朴な家が立ち並び、観光資源として極めて優れた風景を生み出しているが、これが都市計画によりどんどん消えているかと思うと一抹の寂しさを禁じ得ない。
ゲーム関連はわずかにPCゲームのみ。IT機器そのものがこれからのマーケット
さて、カシュガルの街はそれほど大きくなかったため、徒歩でITモールの見学に向かった。ITモールは街の2箇所に分散して存在していたものの、いずれのモールも薄暗い店内ではあまりモノが動いている様子はなく、ソ連、北朝鮮にあるショップのような、ガラスケースに少数のモノが等間隔に配置されたゆったりとした陳列で、数世代遅れの家電や、海賊版のSDカード、海賊版のソフトウェアなどが販売されていた。店員も客も少なく、警備員が一番目立っているような有様だった。
取り扱っているIT機器についてはモバイル化はおろか、デジタル化すらまだこれからと言った印象で、IT機器の主流はタワー型のデスクトップPC。ずらりと同種の無骨なタワーケースが並ぶ姿は、Windows 95リリース前後のDOS/V全盛時代を彷彿とさせる光景だ。フィーチャーフォンやスマートフォンは、チャイナテレコムやチャイナユニコムといった中国全土に展開しているインフラメーカーのチャネルを使ってほそぼそと売られているものの、実機の展示はあまりなく、街中で使っている人もほとんど見ることはできなかった。
肝心のゲームの取り扱いは、ゲームコンソール、タブレット、モバイルといったゲームハードはほとんど見当たらなかったが、ソフトに関しては、中国でリパッケージされた廉価の正規PCゲームと、中国名物の海賊版を見かけることができた。価格は、正規版が79元、海賊版が35元。上海、広州などでは海賊版は5元から高くても10元が相場なので、かなり高い。
ちなみに、海賊版を扱う店で、メモがわりに写真を撮っていると、やたらに声を掛けられたり、撮るなと言われたり、警察に連絡すると脅されることもあり、一様にかなり警戒された。これはつまり、悪事を働いている自覚はあるから警戒するわけで、この点、広州や深センの様に、街ぐるみ、マーケットぐるみで、大きな力に守られ、正々堂々と海賊版や偽装新品を扱っている大都市と比較すると、かなりピュアな印象だ。
また、カシュガルに販売拠点を置いているハードメーカーはほとんどないため、PCやスマホなどはほとんどが中国の都市から持ち込まれたものばかりで、旧世代の製品でありながら、値引き無しの定価販売か、むしろ多少プレミアムを上乗せされている感じで、一般市民にはデジタル機器そのものが高嶺の花である以前に、そもそもIT機器自体がまだまだ一般市民の関心の対象の外にあるという印象が強かった。街中でPCやスマホを扱っている人はいたものの、一見して富裕層とわかる人たちばかりで、ミンクのコートやオシャレなダウンに身を包んでスマートフォンを使っていた。
通信環境は、ごく普通に3G回線が使用できたものの、速度は遅く、不安定だった。また、これは純粋に回線環境の問題なのか、いわゆるグレートファイヤーウォールの影響なのかは不明だが、日本のサイトを見ていると急に繋がらなくなったり、その後まったく繋がらないこともあった。VPNを介せば、FacebookやGoogleの各種サービスにアクセスできたが、VPNそのものもかなり繋がりにくかった。
カシュガルではIT機器が普及していないため、市民はまったくデジタルエンターテイメントに触れていないかというと、意外とそうでもなかった。ショッピングモールの地下などにインターネットカフェがあり、そこでPCゲームを楽しむ姿が確認できた。しかも200ほどある席はほぼ満席で、そのほとんどがウイグル族だった。
彫りの深いウイグル人たちが、PCゲームを遊ぶ姿は、なかなか新鮮な光景でおもしろかった。そこで遊ばれていたタイトルは「League of Legends」や韓国産のオンラインFPSで、中国語版で遊ばれていた。意外なことに中国産のMMORPGはほとんど遊ばれておらず、こうした部分にも、漢民族に対する反骨精神が感じられるようでおもしろい。
ネットカフェの利用料金は、他の中国都市とほとんど変わらず、1時間3元(約45円)前後。丸1日遊んでも50元(約750円)でお釣りが来るが、カシュガルの所得は中国の中でも低い1,000元程度に留まると言われているため、相対的にかなり割高な設定と言える。にも関わらず、熱中してゲームを遊ぶウイグル族の人々を見ると、適切なコンテンツとビジネスモデルがあれば、ここでもゲームが大きな市場に育つ余地は十分にあると思えた。
その後、礼拝を終えたムスリムで満たされたバザールや職人街、そしてカシュガル観光名所として名高いカシュガルグランドバザールなども覗いてみたが、残念ながら冒頭で紹介したような伝説を裏付けるような商品を扱っている店はなかった。デジタル関連と言えば、せいぜい海賊版のDVD、ビデオCDぐらいで、絨毯や毛皮、干し葡萄、干肉、香水、砂糖、紅茶、包丁、銅製品などが圧倒的な存在感で鎮座していた。とりわけ、店のオヤジに「100万元(約1,500万円)なら売る」と豪語された虎の毛皮は、ファンタジーMMORPGのアイテムそのままで、その美しさと大きさには驚かされた。
バザールを眺めていると、デジタル化の波はまだ10年、20年、いや100年は掛かるかも知れないと思わせてくれたが、カシュガルもまた中国政府から経済特区に指定されており、中国全土から資本が集まり、開発が急ピッチで進められているのを見ると、数年後には沿岸部に追いつけるのではないかという気もする。ゲーム市場はまだほとんど存在していなかったが、その萌芽は確かに感じられた。そんなカシュガル滞在だった。