Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

「God of War III」と「Batman: Arkham Asylum」のビジュアルアプローチ
シリーズとコミックスという“濃い世界”をいかにして表現したか


3月9~13日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center


 Game Developers Conference では伝統的に最新タイトルを題材にしたセッションが人気が高い。これらのセッションでは開始前には入場前の長蛇の列ができ、立ち見でもいいからと会場に入る人も少なくない。本稿では人気の高かった「God of War III」と「Batman: Arkham Asylum」の開発者が登壇したセッションをピックアップしたい。

 「God of War III」は北米では3月16日に発売予定のPS3用アクションゲームで、ゲームショップでは多数の発売タイトルの存在がかすむほどにアピールされている、現在北米のPS3ユーザーが最も期待しているタイトルだ。「Batman: Arkham Asylum」は2009年の8月に発売されたが、美しいグラフィックスと闇に潜み悪を倒すバットマンのキャラクター性を再現したゲームシステムで高い評価を得た。Game Developers Choice Awards 2010でも、Best Game Designを受賞している。

 今回取り上げる「Animation Process of God of War III」ではキャラクターのコンセプトから描き出すアニメーションを、「The Art Direction of Batman: Arkham Asylum: Rebooting a Super Hero Video Game IP」ではコミックスのヒーローの持つ雰囲気、世界観をよりリアルに表現するというチャレンジが語られた。




■ 神話のモンスター、そしてそれを倒すクレイトスをどう表現するか、コンセプトを活かすアニメーション技法

SCE Santa Monica StudioのLead Animatorを務めるBruno Velazquez氏
キマイラとクレイトスの戦いを描いたコンセプトアート

 「Animation Process of God of War III」では、SCE Santa Monica StudioのLead Animatorを務めるBruno Velazquez氏によって「God of War III」における“キャラクター性を活かしたアニメーション作成”の手法が語られた。「God of War III」は北米では3月16日に発売される。この講演は発売直前の人気タイトルということもあり、多くの受講者を集めた。

 「God of War III」はギリシア神話の神々と戦うパワフルな英雄“クレイトス”を主人公にしたアクションゲームだ。最強の存在である神にすら挑戦するクレイトスは立ちはだかる敵を引きちぎり、たたきつぶして進んでいく。特にボスなど大きめの敵のとどめを刺す場合には、CSアタック(Context-Sensitive Attack)と呼ばれる演出が入る。

 画面で指示されたボタンを押すことで、クレイトスが敵の首をもぎ取ったり、腹を割いて内蔵を引きずり出したりと、残酷で衝撃的な映像が展開するのだ。ショッキングであるが強い爽快感をもたらすこのCSアタックは「God of War」シリーズの人気の理由の1つである。この講演におけるアニメーションは、CSアタックや、モンスターの挙動、クレイトスならではの動きなど、ゲーム内でのキャラクターの動作をどう作っていくかが語られた。

 講演の最初のテーマは「コンセプトから生み出されるキャラクターの動作」。今回は“キマイラ”というモンスターをどのように表現したかが語られた。キマイラはギリシア神話に登場する怪物で、獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つといわれている。異なった動物の特徴をパッチワークのように併せ持つ怪物の代表ともいえる存在だ。

 キマイラは獅子と山羊と蛇の3つの顔を持っているといわれたり、想像上の怪物なだけに「正しい姿」というものはない。開発スタッフは思いきったアレンジのコンセプトアートを多数描き出したという。山羊の頭を持つ人間のような直立の怪物で、両手の代わりにライオンの頭が生えていたり、ライオンの口から山羊の頭が飛び出ていたり、翼が生えていたり……ゲームとしての面白さを考えた上でアレンジを描き出していった。これらのコンセプトを話しながら描き出していく作業は非常に大事だとVelazquez氏は語った。ディスカッションを経て、最終的に決定したのが、胸にライオンの顔、山羊の首、鱗の生えた胴体に蛇の頭を持つ姿だ。

 このキマイラは蛇の尾を揺らしながらクレイトスの前に現われる。巨大な蛇のシルエットを画面に映し出し、大蛇かとプレーヤーに錯覚させてから異形の全身を映し出すという演出だ。最初は蛇の尾でクレイトスを攻撃するが、クレイトスはその尾を切り落とす。尾を切り落とされたキマイラは2本足で立ち上がり、ライオンの顔を向け両手のかぎ爪で攻撃してくる。クレイトスはかぎ爪をかいくぐりライオンの顔を粉砕、最後にキマイラは山羊の顔から炎をはいて攻撃してくる。コンセプトを活かした強敵として作り出されていった。

 各形態でまるで別の生き物のように変わる挙動、そしてプレーヤーも別な戦い方を求められる。「クレイトスがそれぞれの形態に対してのとどめを加えるシーンでも特徴が出せているし、しぶとい敵、という演出も可能になった」とVelazquez氏は語った。


伝説上の怪物キマイラをゲームでどう表現するか。エキセントリックなデザイン案も多数出された
3Dモデルでのキマイラ。羊の頭がメインの地に這う姿、ライオンがメインの立ち上がった姿など、形態で大きく印象が異なる
キマイラの登場シーン。蛇の尻尾が映し出され、羊の首から火が吐かれるなど、これからの形態の特徴が描かれる

 次に語られたのがされたのが主人公クレイトスのキャラクター造形だ。クレイトスは常に怒りに満ちており、笑顔を見せたりジョークを言ったりしない。クレイトスに対する敵はいつも大きいが、画面の中心は常にクレイトスであり、強大な敵を前にしても彼は決して弱気にならない。様々な場面で、彼は不死身の英雄であることが強調される。

 アメコミや映画でのパワフルなヒーローのエッセンスを引き継ぎ、さらにパワーアップした存在としてクレイトスは描かれる。アートデザイナー達はあらゆる場面で「クレイトスであるからこその仕草、アクション」を求められる。強い意志と圧倒的な力を感じさせる表現をあらん限り詰め込んでいくのだ。

 この強さ、怒り、パワフルさは他社タイトルにクレイトスが登場したときも引き継がれる。コンセプトがはっきりしているからこそ、全ての人が「このキャラクターはクレイトスだ」と認識するのだ。バンダイナムコゲームスの「ソウルキャリバー Broken Destiny」に登場したときも、そのルールはきちんと守られたとVelazquez氏は語った。

 クレイトスのキャラクターが立っているからこそ、コミカルにアレンジされたときには独特の面白さが生まれる。クレイトスは開発者のこだわりにより確固たるキャラクターとして確立している。だからこそ開発者にとってはクレイトスの表現にはいつもプレッシャーがつきまとう。

 しかしただ強調すればいいだけではない。本当にデザイナーに求められるのは「クレイトスならではの動きとコンセプトのバランス」だ。例えば、ジャンプや魔法、投げなどゲームキャラクターとしての基本的な動きに過度の“クレイトスらしさ”はいらない。「God of War III」はアクションゲームであり、最も重視することはゲームのキャラクターとしての快適な操作性である。しかし一方で、攻撃や敵の攻撃をキャンセルする力強さではクレイトスのキャラクター性が前面に出なくてはならない。アートではなくゲームとしてのバランスを求め続けなくてはならない。ゲームプレイとコンセプトの両立こそが最重要課題だとVelazquez氏は強調する。

 「God of War III」はシリーズを通じての主人公であるクレイトスにさらなる改良をもたらした。より細かく描けるようになったアニメーションスピードにより詳細なクレイトス像の表現が可能になった。様々な守らなくてはいけないルールや、学ばなくてはいけないものがあったが、「God of War III」はアニメーターが輝くための大きなチャンスとなった。なぜならばプレイすることで、誰もがゲームのビジュアルに夢中になるからだ」とVelazquez氏は語った。

 「God of War III」は神々にすら戦いを挑むクレイトスの圧倒的なパワーが楽しい作品だ。人間の数倍もある巨大な怪物、時には数百メートルの巨体の巨人にすらクレイトスは戦いを挑み、勝利していく。その圧倒的な力の表現は、まさに「God of War」シリーズならではであり、「アニメーターが輝くチャンス」というVelazquez氏の言葉には強い説得力がある。

 筆者は昨年のE3と先日行なわれた完成披露会で「God of War III」、そしてクレイトスの力強さに強く魅了された。今作ではゼウスやポセイドンといったギリシア神話の中心となる神々との最終決戦となるという。どんな衝撃的な動きを見せてくれるか、クレイトスのパワーはどこまで強大になっていくのか、とても楽しみである。


抱えた首に剣を突き刺す、角を折り取り頭を串刺しに、内蔵を引きずり出す。クレイトスのキャラクター精が前面に出るCSアタック
左と中央は「ソウルキャリバー Broken Destiny」に出演したクレイトスだ。右はデフォルメされているが、「クレイトスらしさ」が大事にされているのがわかる



■ コミックのエッセンスを独自の表現で! ユーザーの目を誘導し世界観の厚さを実現

RocksteadyのArt Director、David Hego氏
数少ない女性キャラクターハーレークィン。EIDOSの意向で、かわいらしさと、セクシーさがより強調された

 「The Art Direction of Batman: Arkham Asylum: Rebooting a Super Hero Video Game IP」では「Batman: Arkham Asylum」を開発したRocksteadyのArt Director、David Hego氏からビジュアルアートへのアプローチが語られた。

 「Batman: Arkham Asylum」はアメリカンコミックのヒーロー「バットマン」を主人公にしたアクションアドベンチャーだ。犯罪者を収容する刑務所病院であるArkham Asylumがバットマンの宿敵ジョーカーに支配されてしまう。バットマンは単身罠だらけのArkham Asylumへ向かっていくのだ。

 「Batman: Arkham Asylum」ではジョーカーだけでなく、スケアクロウ、ハーレークィンなどコミックスでおなじみの悪役が多数登場する。バットマンは1939年に登場した長い歴史を持つヒーローである。バットマンや悪役達は様々なアーティストが描き出し、時代と共に大きくイメージ、雰囲気を変えている。「Batman: Arkham Asylum」でも独特のセンスでバットマン世界を再現している。

 最初にHego氏はゲーム制作に当たり作られたコンセプトアートから、実際のゲームにはどのような方向性でアレンジしたかを紹介する。バットマンは最新装備に身を包んだメカニカルな雰囲気を出しつつ、初期のコミックス的な雰囲気も加えたキャラクター像になっている。ジョーカーはデザイン的なセンスを強調し、よりスタイリッシュな造形にしたという。ハーレクインは本作に登場する数少ない女性キャラクターとして欧米でのパブリッシャーであるEIDOS側の強いプッシュもあり、コミカルでありながらセクシーさも感じさせられるキャラクターにしたという。

 ゲームに登場するキャラクターは、リアリティーを追記有した方向性で表現された。キャラクターモデルは皮膚、目、髪の毛、ライティングなどにリアルな感触を持たせ、キャラクターのエモーションはハリウッドのアクター達のモーションを収録し、キャラクターの顔には現実と同じ感触を生む「バーチャルメイクアップ」を施した。実写映画の雰囲気をもつ、こうして開発スタッフはリアルなバットマン世界を構築していったのだ。

 そして現実を超えた表現を模索するため、バットマン世界が持つコミックの雰囲気、ファンタジー性を加味していく。CG作品が持つリアルを思考するほど現実との際が目立ってしまう「不気味の谷」と呼ばれる方向性を作品の不気味さに活かし、さらに「美しさ対醜さ」の対立の構図を強調することで作品世界を強調していった。

 フィールドは様々なアートスタイルを混ぜることで独特の雰囲気を作り出した。墓地などの古典的なホラー表現、ヴィクトリア朝時代の建築様式、ゴシック風、歴史を感じさせる建物、原作のバットマンや、昨今のバットマンの映画でも見れる混じり合った芸術スタイルをさらに強調してステージを作りあげていった。

 各施設の役割をはっきりさせることで刑務所であり収容病院であるArkham Asylumの印象を強くしていった。植物園や地下道、バットマンの秘密基地「バットケイブ」、汚らしい地下道、死体収容所など様々な施設を出すことでも作品の世界観を深めていった。グラフィックスはスポットを当てユーザーに注目させたり、感情を揺り動かすような演出を入れていく。

 ユーザーに常に風景を意識するレベルデザイン、ゲームデザインも必要だ。暖色と寒色の対比、強調表現、プレーヤーの視点を導く仕掛け、そして緊張感のあるゲーム性が風景への注目を加速させる。見えるもの、見えないものへの気持ちもユーザーの心をかき立てる。もうひとつ今作でデザイン的に工夫したのがセーブメニューだという。

 ゲーム画面からの気持ちのいい切り替え、そしてセーブに関する時間。本作はオートセーブだが、選択を迫られる場面や敵の多い場所などプレーヤーが意識してセーブしたい場所もある。セーブという「ゲームから離れる作業」に関して、アート方向でもメニューや雰囲気などに注力したという。また、「空気感」も本作の雰囲気に大きな影響を及ぼしている。Arkham Asylumに霧を発生させ、さらに光を強調することで霧が一層濃くなり、ホラー映画を思わせる雰囲気が表現できた。

 Hego氏は最後に、「本作がゲーマーから高い評価を受けたことはとてもうれしかったし、よいチャレンジができたことが楽しかった」と語った。そして今回の講演のたくさんの来場者にも感謝の言葉を述べると会場から大きく拍手が上がった。

 バットマンはティム・バートン監督の「バットマン」やクリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」など、映画ファンから高い評価を受ける作品が多いヒーローである。反面、バットマンのゲームは名作に恵まれていない印象があった。しかし、「Batman: Arkham Asylum」の登場はバットマンのゲームの歴史を塗り替えた。今回、開発スタッフの強いこだわりを聞くことができ、もう一度Arkham Asylumに戻りたくなった。この監獄病院の不気味さは、多くのプレーヤーに感じてほしいところだ。


原作を活かしつつ、本作ならではのアレンジを加えられたキャラクター。スキンなどはリアルさを重視している
ステージは時代設定を様々なものにし、役割のはっきりした部屋を多数用意することでフィールドの広さを強調できる
光やオブジェクトの配置、ゲーム性でプレーヤーの目をフィールドに引き寄せる
実際のステージを例に、ユーザーの目をどう引き寄せたかを紹介したスライド


(2010年 3月 13日)

[Reported by 勝田哲也]