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【SIGGRAPH ASIA 2017】「ファイナルファンタジーXV」開発総まとめ(前編)

ロードムービーライクな世界のディティールはこうして創られた!

11月27日~11月30日開催

会場:Bangkok International Trade & Exhibition Centre(タイ、バンコク)

本日の登壇者。スクウェア・エニックス、第2ビジネス・ディビジョンのみなさん

 「SIGGRAPH ASIA 2017」最終日となった30日、スクウェア・エニックスは、同社の看板RPG「Final Fantasy XV」(以下「FFXV」)を題材に、同作に採用されているテクノロジー、テクニックを解説するセッションを行なった。

 近年、スクウェア・エニックスは、同社の研究開発への取り組みを公開することがブランドイメージのさらなる向上に寄与するとして、開発チームのキーパーソンがカンファレンスの場に登壇する機会を積極的に設けてきた。特に「SIGGRAPH」は、歴史的にアカデミック色が強く権威のあるカンファレンスであることから、「FFXV」のリリース前後から今日までの「CEDEC」、「GDC」、「SIGGRAPH」における発表内容に、さらに初公開となる情報を追加して、「SIGGRAPH ASIA 2017」に臨んでいる。

 半日コースということもあり、かなりのボリュームとなった本セッションを、「SIGGRAPH ASIA 2017」を締めくくるレポートとして、2回に分けてお伝えしたい。

【FINAL FANTASY XV TechDEMO Vol.1】

「FFXV」ワールドを形成する圧倒的な情報量

アートワーク担当の本庄崇氏

 「FFXV」を「FFXV」たらしめているビジュアルについて、あらゆる表現に一貫して言えることは、情報量が桁違いに多いということだ。思えば「FF」はどのシリーズ作品であっても、他社作品の一歩先を行くクオリティでありながら、豊富なデータ量でエンドユーザーを満足させ続けてきた。本作においても、その思想は変わらないどころか、最新ナンバリングタイトルにふさわしい圧倒的な情報密度を実現している。

 桁違いの情報密度を実現している要因は、大きくわけてふたつある。ひとつ目は、アーティストによってあらかじめ用意されたデータが、細部まで緻密に描き込まれていることだ。

 「FFXV」の開発では、世界観を詰めていくコンセプトの段階からディティールを重視している。アートワーク全般を担当する本庄氏によると、過去のタイトルでは、フィールドに配置するゲーム要素ありきで、舞台となるフィールドのアートデザインを固めていく手法が取られていたとのこと。

ところが本作では、従来とは反対に、アーティストが実際に粘土細工で大陸全土の立体地図を作成して、地点間の視覚的な相関関係を確認しながら、ランドマークとなりうるエリアに当たりをつけている。その後、地域の風土、気候、生態系などの設定をしながらイメージボードを製作し、徐々に細部を固めていくという手法が取られている。

【ワールド設計】

 本庄氏のアートチームは、当初は完全に大陸全土を真逆のアプローチでデザインしていくことを企図していたようだが、大陸があまりに広大であるため、ここに至って別途作業が進行していたゲームデザイン上の要求と協調して、世界を創造していくことにする。この段階では、自然科学を考慮してリアリティを持って設定された大陸において、ファンタジックなゲームデザインの文脈が合理的に成立するように注意が払われている。

 例えば、召喚獣タイタンが眠る重要なランドマークでは、イメージボードのコンペを行ないながら、アイディアの検討を重ねて、説得力とインパクトを兼ね備えたランドマークに仕上げている。

 都市についても、設定から連想される実在の都市を起点に、想像上の要素を補ってユニークな景観に仕上げている。また都市生活を演出するために、食器や新聞、ポスターやステッカーといった細部にまで、首尾一貫した世界観に基づいてデザインを起こしている。

【ワールド設計】

 このアートワークの工程では、都市やランドスケープのみならず、本作中に確かに生物として生息するモンスターのデザインでも同様の手法が取られている。例えばベヒーモスの場合、生態を事細かく設定すると共に、参考にすべき実在の動物を観察するためにサファリパークの取材を行っている。また、チームメンバーとのイメージ共有のために、実物大の木製の骨格模型を製作したり、リアルに着彩したクレイモデルを製作している。
 本庄氏は、莫大な時間と労力を要するため、このアプローチを皆にはお勧めしないとしていたが、この方法論は、実在しないものをチームメンバーが正しく理解した上で、共通のゴールを得るために実に有効だ。

【FFXV Location Hunting ーロケハンの記録ー】

 筆者の経験したプロジェクトでは、スケジュール、タレント、コスト等の問題で、ここまでの粒度で順を追って視覚化していく工程を取ることはなかったが、それでも可能な限りの粒度で実践するように努めてきた。あいまいなままで先の工程に進むことは、結局のところ手戻りを増やす結果を生むだけで、かえって人的リソースを浪費してしまうものだ。

 精密な設定起こしは、極めてハリウッド的なアプローチのように感じるが、いわゆる洋ゲーやハリウッド映画がワールドワイドで結果を出している以上、彼ら、そして「FFXV」チームのやり方に素直に学ぶ必要があるだろう。日本人開発者の場合、脳内の想像力で補完して進行してしまうことも多いが、キーパーソン同士が共通のバックグラウドを持つとは限らず、阿吽の呼吸で進めてしまうと、思わぬところで落とし穴にはまるリスクがある。

 時間と労力がかかりすぎることだけが問題ならば、できるだけ3Dスカルプトツール環境で試行錯誤を行ない、良好なレベルに到達したデータを3Dプリンタで出力して実際に視覚的に確認、スカルプトデータはゲームやCGムービーにも活用するといったワークフローも考えられる。チームメンバーの技能によっても最適解は異なる。「FFXV」のチームにとっては、この手法に間違いはなかったのだろう。

【ワールド設計】

3Dキャラクター担当の岸明彦氏

 こうして固められた世界設定は、実際のインゲームデータ、CGムービーデータの双方で、さらなるディティール表現が加えられている。キャラクターモデルでは、デザイン画から起こした3Dモデルに似た人物をオーディションで選抜して、3Dスキャンを行なうことで情報量を増やしている。

 モンスターのモーションアニメでは、数パターンの全身をカバーするリグで、すべてのモンスターをまかなうのではなく、四肢など全身をいくつかのユニットに分け、各リグをモンスターの体躯に合わせて組み合わせるモジュール構造の独自リグを採用している。大量のモンスターアニメをさばくのにあたって、アニメ付けの柔軟性、作業量と品質の維持、習得コストのどれを取ってもバランスの良い優れたアイディアだ。

【3Dモンスター】

 フェイシャルアニメーションでは、原則的にはそれぞれのキャラクター別のキャプチャモーションが適切に表現されるようにセットアップされているほか、別のキャラクターのアニメを適用することも視野に入っている。加えて、キャプチャアニメでの表現の範囲を超える誇張された表情のために、ブレンドシェイプを併用していたり、Luminous Studioによるレンダリング時には法線の計算精度を上げて、適切に陰影が表現されるようにしていたりと、キャラクター表現のキモである“顔”に対する工夫に余念がない。

【3Dキャラアニメ】

 3Dキャラクターを担当した岸氏によると、「FFXV」のゲームと同時進行で進められたCGムービー「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」のレンダリング品質が、ゲームコンソールでリアルタイムレンダリングを実現しなければならないLuminous Studioのレンダリング品質向上にも大きく寄与しているという。「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」のモデルは、ゲームモデルよりディティールが多い上に、V-RAYで計算コストをかけてレンダリングされていることから、そもそも単純に同じ土俵で良し悪しを語ることは適切ではない。それでも岸氏は、ムービーチームをもっとも近くにいる協力者でありライバルであると位置付けて、常にレンダリング結果を比較しながら、Luminous Studioのシェーダープログラマと協調して改善を続けていった。結果として、レンダリング特性は異なるものの、V-RAYと比較しても遜色がないといっていいほど良好なレンダリング結果を得ている。

【3Dキャラモデル】

3D環境担当の佐々木啓光氏

 ゲームプレイの舞台となるフィールドの具現化も、ひとつひとつ順を追って品質を確認しながら作業が進められている。検証のためだけに、ロケーションの確認が容易な身近な東京の街並みに始まり、物語に登場する都市のイメージに近い外国の都市や自然の風景に至るまで、緻密な3Dデータとして作り込み、適切なライティングを施して物理ベースレンダリングのテストを行っているのは驚きだ。なお、背景においても、先行して製作されていた「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」のシーンデータをテストデータやレンダリング品質の指針として活用している。

 「FF XV」でも物理ベースレンダリングで一般的な技法である、撮影素材から光成分を除去して、それぞれの物体のサーフェイス用マップを用意する手法が採用されている。これらの葉や草、岩といったマテリアルはライブラリ化されて、あらゆるシーンで活用される。この段階では、フォトリアルに再現することを最優先に、ゲーム特有のデータ量やパフォーマンスといった制限事項は考慮されていない。

 歴史的な開発経緯から、当初はPS3をターゲットにすべてのライトを静的にベイクする予定であったようだが、PS4をターゲットに最終的には、ランタイムで動的にライティングされている。この結果、時間や天候の変化に伴う、光源方向、光量、光源色の変化を適切に表現するレンダリング結果が得られている。

【3Dフィールド環境】

 前述したリファレンス段階の工程を経て、ゲームフィールドの製作工程では、独自のレベルエディタを活用している。「FFXV」のレベルエディタでは、レベルに配置する最小単位で小道具に該当するアセットやライトを直接配置するだけではなく、複数のアセットやライト、アニメシークエンス、SE、エフェクトを含めてプレハブとしてパッケージングできるようになっている。必ずしもすべてが重要というわけではなく、とはいえ情報量を増やすために大量のデータをレベルに配置しなければならないRPGにとって、使い勝手の良いデータ構造になっていると言えるだろう。

 レベルエディタに加えて、Mayaのビューポートを拡張するプラグインも製作されており、アセットやライトの配置がMayaからも確認できるほか、ゲームエンジンのレンダリング結果と同一のルックでMayaのビューポートでもレンダリングされるようになっている。

 このあたりの実際のゲーム製作に有用なツールが用意できるのは、ゲームエンジンや周辺ツール群の大部分を自社で製作しているスクウェア・エニックスの強みだろう。サードパーティのゲームエンジンでは、歴史的な経緯や優先的に想定されているゲームのジャンルが異なることから、必ずしもRPGの製作に最適とは言えない。

 3D環境を担当した佐々木氏のコメントで印象的だったのが、これだけの質と量を実現した「FFXV」に対して、多くの課題を挙げていたことだ。ランタイムの問題としては、現実と比較しての草木の配置量不足、下草にシャドウ、セルフシャドウがないこと、LODによる遠景の山のキワの劣化、破壊や物理的な物体の変化が限定的であることを挙げていた。プレイする側の視点では、まったく気にならないところに対してまで、気を遣っていこうとする佐々木氏の姿勢はストイックだ。

【3Dフィールド環境】

シネマティックプロダクションの鈴木岳雪氏

 CGムービー「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」の製作チームを代表して登壇した鈴木氏からは、ムービー製作におけるマネジメントの解説と、キャラクターや環境アセットの製作過程をまとめたメイキングムービーが披露された。リアルタイムレンダリングではないCGムービーでは、プライオリティの持って行きどころがゲームとは異なるため、本稿では詳しく触れないが、その代わりに、同作の製作に携わったImage Engineから公開されているメイキングビデオ引用しておきたい。

【KINGSGLAIVE: FINAL FANTASY XV Breakdown Reel Image Engine】

 鈴木氏のコメントで、ゲーム開発にも当てはまる事項は、製作進行に関するものだ。ひとつは、製作する内容に応じて、その分野を得意とするプロダクションに委ねるということだ。ミスマッチが起きてしまうと、できるものもできなくなってしまう。もうひとつは、製作には標準的に使用されており、どのプロダクションでも入手可能なツールを使うということだ。本作では、どうしても必要なツールのみスクウェア・エニックスでツール開発を行ない、それらをパートナーに惜しみなく提供している。ツール提供は、今までのプロジェクトでは行なっておらず、初の試みであったということだ。

 これらは、プロジェクトの全体規模や内容は違っても、自社スタジオのキャパシティを超える物量をスケジュール通りにこなすために、重要なセオリーだと言えるだろう。

 なお、登壇者全員から“鉄板のネタ”とされていた、劇中シーンやポスターイメージに隠されたモルボルくんを見つけ出す鈴木氏の持ちネタは、ここでも大ウケで、会場全体を巻き込んで大きな歓声が巻き起こっていた。

自社開発だからこそ実現する「FFXV」最適化

3Dプログラム担当の蓮尾雄介氏

 情報量を増やす大きなくくりのふたつ目は、本作のためのプログラム開発によって実現している事項だ。Luminous Studioの描画エンジンは、モダンな物理ベースレンダリングで標準的な機能はすべて実装されているが、その実装アルゴリズムには特別目新しいものはないそうだ。

 とはいえ、興味深いのは、ディファードとフォワードの2ステップで構成されていることだ。日本のゲームらしく半透明を重視しているからだろう。一般的には、半透明による遮蔽を考慮しないで済むのならディファードで描画した方が高速になる。本作では、目、皮膚、カーペイントのレンダリングにフォワードとディファードを併用し、髪のレンダリングには、デプスとノーマルはディファードで求め、カラーはすべてフォワードで処理している。

 カスタムシェーダーの作成には、独自のシェーダーエディタとシェーダー言語を用意して、扱いやすさと保守性を高めている。ノードベースのシェーダーエディタで定義した内容が、独自シェーダー言語に変換され実機出力に利用されると共に、アーティスト向けにはMayaのビューポートで同じルックを実現するためのメタデータが出力されるようになっている。

【Luminous Studio概要】

 オープンワールド内の時間や天候の変化が動的なライティングに影響を与えていることも、情報量を増やすのに一役買っている。局所的な照明の反射影響を反映するために、ライトプローブを設置してあらかじめ静的にライトベイクしておくことに加え、時間経過や天候、開口部の広い走行する列車の車内といった状況変化によって、ランタイムで動的に変化する要素を加味したハイブリッドライティングを行っていることが特徴的だ。このハイブリッドライティングによって、シチュエーションに応じた最適な間接照明によるライティングが施されている。

 鏡面反射においても考え方は同様で、リフレクションプローブから得られたキューブマップの内容を、空そのもののピクセル、時間経過によって影響を受けないピクセル、逆に影響を受けるピクセルの3つに分けて、それぞれに異なった処理を行って最適なスペキュラを求めている。

【時間経過による変化】

 グラフィックプログラマの蓮尾氏からは、このほかにも、空、雲、空気感、風の影響、フォグ、降雨、水濡れ表現といった、時間経過や天候の各状態別に利用されているテクニックが詳細に解説されていった。かなりの項目にわたって、プログラムによって動的に変化するようになっていることが理解できた。しかもどの要素も情報量を増やすと共に、ビジュアルの美しさにも貢献している。

 シチュエーションが限定される映像ならともかく、ゲームの場合、アーティストのデータのみで、こうした膨大な変化を用意することはできないから、
ゲームエンジン、そしてプログラマの果たす役割は大きい。

【空と天候の表現】

 本作がコンセプトキーワードに掲げるロードムービーは、現代に残された数少ない非日常のアドベンチャーだ。“ロードムービー”というキーワードを、そっくりそのまま“ファイナルファンタジー”と言い換えて捉えてもいいのかもしれない。世界設定の根底に伝統的なファンタジーの文脈を残しつつも、舞台装置の数々をモダンでスタイリッシュに一新した本作は、長きにわたる胎動を経て、ついにシリーズの新境地を切り開いた一大巨編だと言えるだろう。

 それぞれのプレイヤー自身が自己のゲームプレイで紡ぎ出す、主人公と仲間たちの冒険、移りゆく情景、人々との出会いと別れ、誰もが少なからず憧れやノスタルジックな想いを抱く青春の1ページを描き出す舞台は、優れた技術と確かな技能に裏打ちされている。