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日本eスポーツ協会、渋谷区立広尾中学校にてeスポーツ特別授業を開催

「プロゲーマーも未来の職業のひとつ」。学校の授業で中学生がプロゲーマーと対戦!

3月16日開催

会場:渋谷区立広尾中学校

 日本eスポーツ協会(JeSPA)は3月16日、渋谷区立広尾中学校において、日本におけるeスポーツ普及活動の一環として在校生を対象にした特別授業を開催した。

授業風景
広尾中学校校長松田芳明氏
日本eスポーツ協会会長西村康稔氏
日本eスポーツ協会理事馬場章氏

 特別授業には、「オリンピック・パラリンピック教育推進校+重点校」として、場を提供した広尾中学校校長の松田芳明氏をはじめ、日本eスポーツ協会会長で、衆議院議員の西村康稔氏、日本eスポーツ協会理事で、元東京大学大学院教授の馬場章氏らが登壇し、それぞれの立場からeスポーツを紹介したほか、第2部では、2016年リオオリンピックに合わせてeスポーツのオリンピック大会を実施した英eGames Group CEOのチェスター・キング氏による特別講演が行なわれ、さらにキング氏が語ったプロeスポーツを職業として取り組んでいるプロゲーマーによるエキシビションマッチも行なわれるなど、学校の授業としてはかなり本格的な内容だった。

 余談だが筆者が中学生だった二十数年前、学校教育におけるゲームは、どちらかというと“悪者”であり、教室にゲーマーを呼んでゲームをプレイするなど、とても考えられないことだった。それが校長や担任の先生を交え、正規の授業の一環としてゲームが取り扱われるという風景に大きな時代の変化を感じた。

 ただ、eスポーツに対する捉え方は三者三様で、各氏の思惑の違いが浮き彫りになって興味深かった。松田校長は、優秀な人材を育てる指名を担う教育者として、コンピューターやITの発展により、将来、今の半分の仕事がなくなるかもしれないという状態において、今後拡大が見込まれる職業のひとつとしてeスポーツを紹介。今回の特別授業も、松田氏がもっとも熱心な推進役だったということで、教育者として前衛的な取り組みと言える。

 西村氏は、日本政府が掲げる「クールジャパン」の重要な1カテゴリとしてのゲーム、そのもっとも先鋭的な分野としてeスポーツを取り上げた。西村氏は、世界ではサッカーやボクシングといったスポーツと同列の存在としてコンピューターゲームがあり、1億人を超えるゲームプレーヤーの中から、多くのプロが生まれ、賞金が付く大会に参加して賞金を得ていることを紹介。西村氏としてはコンピューターを使ったeスポーツを推進する立場にあるものの、「最後に残るのはそれを使う人であり、人と話をして人の気持ちが分かる人になって欲しい」と、ゲームを端としたコンピュータースキルのみならず、人格面での成長も期待する言葉を寄せた。

 JeSPA理事の馬場氏は、「eスポーツとは」というタイトルで30分の講演を行なった。2016年に東京大学を定年退官し、現在はコンサルタントとして個人事務所を立ち上げて、個人ベースで活動しているという馬場氏は、東大時代とは一変し、“電子遊技魂”のTシャツ姿でオヤジギャグを連発する柔らかい雰囲気のキャラクターに一変していた。

 その馬場氏が主張したのは、ゲーム市場のサイズと比較して、日本のeスポーツ市場の小ささ、そしてプロゲーマー人口の少なさだった。馬場氏は2016年のデータを引き合いに出しながら、日本のゲーム市場規模は、世界で米国に次ぐ2位に付けていながら、eスポーツ市場はトップ5にも入らず、全世界で35,301人いると推計されるプロゲーマー数に対して、日本はわずか395人しかおらず、獲得賞金額で言えば29位、個人で見ると梅原大悟氏の287位(約175,659ドル)が最高となっているなど、極めて低い数字に留まっていると指摘。

 その理由について、日本が強い格闘ゲームの大会は、大会の数自体が少ないだけでなく、個々の賞金額も低いため、全体として低い数字に留まっていることが挙げたが、日本のプロゲーマー自体が少ないのは紛れもない事実であり、馬場氏が、東大退官後の第2の人生のひとつとしてeスポーツを選んだのも、この明らかな不均衡を是正するためだという。

 そして馬場氏が、個人として、eスポーツ理事として、eスポーツを振興したいもうひとつの理由として、身体的整理能力の高さを挙げた。達成力、遂行力、思考力、集中力、瞬発力、動体視力といった、eスポーツのみならずスポーツ全般に関わる能力値について、eスポーツ選手は、一般プレーヤーを大幅に上回っているという。

 馬場氏はこの結果について、先天的なものなのか、後天的なものなのか、そのどちらの影響が大きいのかについては言及しなかったものの、馬場氏がゲーム学会等を通じてゲーム研究に関わり始めてから研究者生命を賭けて主張している「ゲームは脳の発達に役立つ」ということを裏付けるデータと言える。

 ちなみに、この後に登壇したキング氏の講演でも、eスポーツの振興を推し進めるモチベーションについてまったく同一の見解が示され、教育的な見地においてもゲームは教育に一定のプラスの作用をもたらすということが繰り返し主張された。

 馬場氏は、日本eスポーツ協会理事として、組織の目標として、日本においてeスポーツをメジャーなスポーツのひとつとするために、eスポーツプレーヤーの裾野を広げ、広げた裾野から幅広く選手を育成していくことを挙げた。その上で勝てる選手/チームを育成し、それによってスポンサーを増やし、観客を増やしていくというトリプルミッションのスパイラルを伸ばしていくことを大きな目標のひとつとして掲げた。

 講演後の質疑応答では、「FPSはeスポーツですか?」という、「バナナはおやつに含まれますか」的な初歩的な質問が出された。このあたりで義務教育レベルの学生における、eスポーツの基本的な認知度というものを察することができそうだが、馬場氏は「もちろん!」と元気よく答え、FPSの意味や、代表的なFPSタイトル「オーバーウォッチ」については開発/運営元のBlizzard Entertainmentより、「League of Legends」を上回る世界最大規模のプロリーグが作られることなどが語られた。

【馬場氏の講演】
馬場氏は中学1年生向けのスライドを用意し、わかりやすくeスポーツについて解説した
英eGames Group CEOのチェスター・キング氏

 休憩を挟んで行なわれたキング氏の特別講演では、日本より遙かに進んでいる英国をはじめとした海外のeスポーツ事情について語られた。キング氏の本職は、ゴルフ場やテニスコートなどスポーツ施設の運営を行なうファミリー企業で働いており、スポーツの一環として、キング氏がCEOを務めるeGames Groupを展開している。

 eGames Groupは、世界的にも珍しい政府公認のeスポーツ団体であり、メジャーな取り組みとしては、2016年のリオオリンピックに合わせて実施されたeスポーツのオリンピック「eGAMES SHOWCASE 2016」が挙げられる。このイベントでは、英国をはじめ8カ国からプロ選手が集まり、「大乱闘スマッシュブラザーズ」を使って大会が行なわれた。大会には文化・メディア・スポーツ相の大臣も駆けつけるなど、英国政府の協力のもと行われたことがアピールされた。

【eGAMES SHOWCASE 2016】
リオオリンピックをイメージしたロゴ
試合風景
選手と大臣とのツーショット
上位入賞選手

 キング氏にとって、eスポーツを推進するモチベーションになっているのは、それが楽しいだけでなく、人生に役立つスキルを学べるためだという。キング氏は一例としてリーダーシップやコミュニケーション、サイバースキル(ITスキル)などを挙げ、特に英国では学生達のサイバースキルの低さが問題となっており、その解決策のひとつとしてeスポーツを学校教育に取り入れる動きが始まっているという。

 キング氏の考えでは、eスポーツが、スポーツと取って代わる存在になるわけではなく、「だらっとテレビを見るような“ゴミ時間”を有効活用するために推奨される存在」だと語り、スポーツとeスポーツ、双方のバランスを考えながらeスポーツを皆さんのライフサイクルの中に柔軟に取り入れていって欲しいと語った。

【盛り上がる世界のeスポーツシーン】
年々巨大化するeスポーツ大会
学校への導入事例
数千人規模のBYOC(PC持ち込みゲームイベント)
24時間営業のeスポーツ施設
移動式のeスポーツ施設
東京ヴェルディeスポーツチーム所属嵯峨野昴選手
東京ヴェルディeスポーツチーム所属佐々木裕司選手

 キング氏の講演の後は、学生お待ちかねのプロ選手とのエキシビションマッチとなった。それまではほとんど寝ているか、後ろの友達とのひそひそ話に全精力を注いでいる学生達も、試合が始まるや否や一心不乱にテレビモニターを見つめ、大声で応援する姿はやはりまだ子供だと思わされた。

 エキシビションマッチは、サッカーゲーム「FIFA」と対戦格闘ゲーム「BLAZEBLUE」の2種目で行なわれ、「FIFA」では東京ヴェルディeスポーツチーム所属のプロゲーマー嵯峨野昴選手、「BLAZEBLUE」では同じく東京ヴェルディeスポーツチーム所属の佐々木裕司選手が参加し、プロの実力を見せつけた。ただ、エキシビションマッチ自体は準備不足が目立ち、ミスの許されない学校教育の現場では、ちょっと杜撰すぎると言わざるを得ない内容だった。

 「FIFA」の試合では、「野島勝てよ」、「勝ったらお前が日本代表」、「勝ったら俺が泣くよ、負けたら泣かす」、「野島負けても泣くなよ」、「野島行け界王拳だ」、「□押せ、□押せって(シュートしろの意味)」といったヤジ混じりの大声援のなか、嵯峨野選手は、終始苦笑いで接待プレイを続けながら、一瞬だけ本気を出して見事なパス回しで得点を重ねるというスタイルでワンサイドゲームを繰り広げた。

 JeSPAもこれを見て、現役のプロ選手に対してハンデ無しでエキシビションマッチを行なうという重大なミスにようやく気づいたのか、JeSPA事務局の筧氏が慌てて嵯峨野選手のモニターを隠すなどしてバランス調整に努めたが、試合の流れは変わらなかった。一方、嵯峨野選手は、目隠し状態でもパスを繋いでシュートまで持ち込むなど、プロらしい動きを見せ、学生達を驚かせることには成功したようだ。

【「FIFA」エキシビションマッチ】

 続く「BLAZEBLUE」では、「FIFA」を上回る重大なミスが発覚。「BLAZEBLUE」はCERO C(15歳以上対象)のゲームだったのだ。今回対象となった学生は中学1年生で、13歳前後。全員がCEROが認定する対象年齢に満たなかった。

 実際、学生達も「『ストリートファイター』じゃないんだって(編注「ストリートファイターV」はCERO B(12歳以上対象)のため学生の間で経験者が多いのだと思われる)」、「『BLAZEBLUE』ってどんなゲーム?」、「あれCERO D(正しくはCERO C)だからまだやっちゃいけないんだよ」という会話が繰り広げられ、CEROレーティングは学生の間でしっかり機能しているのだなと変なところで感心させられた。

 このため、事前に選抜されたにも関わらず、3人の学生の中で「BLAZEBLUE」経験者はわずか1人しかいないという結果となり、佐々木氏は、まさかの未経験者を含む相手とエキシビションマッチを行ない、場を盛り上げなければならないというプロとして難しい局面に陥った。

 そこで筧氏は「10秒ノーガード」ルールを言いだし、佐々木選手がそれを了承。代表の学生が10秒間ガンガン攻撃し、HPが半分以上減った状態で佐々木氏が反撃に出て、美しいコンボで逆転勝利を収めるという展開に。試合結果がわかっているとはいえ、学生が攻撃を決めると場が盛り上がるもので、学生達には、ゲーム大会の観戦の楽しさを伝えられたのではないだろうか。

 ただ、13歳前後の学生に対して、15歳対象のゲームをモチーフに授業を行なうというのは、どういう意味においてもNGであり、プロとして人生を掛けて競技に取り組んでいる佐々木選手に対しても大変失礼な話で、全体的な準備不足感は否めない。JeSPAは、次回以降は適切なタイトル、適切なアプローチでeスポーツ振興に臨んで貰うことを願いたいところだ。

【「BLAZEBLUE」エキシビションマッチ】